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「ひな祭り」

明かりをつけましょ ぼんぼりに
        お花をあげましょ 桃の花・・・・・

昭和10年サトウ・ハチロウ作詞。山野三郎作曲の「うれしい・ひな祭り」は今でも保育所や幼稚園では歌われているが90年も前の作品である。
多分この当時どの家でも大小の違いがあっても雛人形が飾られていたのだろう。

さて、富山県では戦後昭和22年の第一次ベビーブームの4万人を超えていたのを最高に、昨年令和7年1年間に生まれた赤ちゃんの数はなんと5423人と過去最少となった。この理由として、経済的に不安のほか、結婚に関する価値観の変化を背景に晩婚・晩産化や未婚化が影響していると言う。

これに加え、核家族化や洋風建築により仏間や神棚等の設置場所もなくなってきた。かって、5月5日の鯉のぼりも屋外では殆ど見れなくなった。現在では屋内の5月人形へと変化してきた。ひな人形もセットするのも後かたずけするのも大変である。本来その様な時間帯が家族のコミュニケーションの場でもあったのだが・・・。

そんなことから、家にある雛人形一式は蔵にしまい込んだままであり、捨てるにも忍び難い。そこで桃の節句に合わせ家にある雛人形を一堂に集め鑑賞する機会が各地で企画されるようになった。滑川でも3月3日に合わせ、瀬羽町の国登録有形文化財・旧宮崎家{ぼんぼこさ}と向かいの有隣庵の2会場で2月27日から3月4日まで開催された。これは、NPO法人滑川まちなみ保存会と活用の会が毎年開き今年が16回目である。
会場には大正末期や昭和初期など実に立派な大小合わせて31の雛人形が並び、華やかな雰囲気を醸し出していた。中には不揃いの人形を集め「シルバー人材センター」や「ランチ」などテーマごとに飾り付け。趣向を凝らしたコーナーもあり、見学者には充分楽しめたと思う。

さて、3月3日は五節句の一つで、1月7日は人日{じんじつ}の節句.3月3日上巳{じょうし}の節句。5月5日{端午の節句}。7月7日{しちせき}の節句。9月9日{重陽の節句}は奈良時代に中国〈唐}から宮中に伝えられ、日本の文化として発展してきた伝統行事で、季節ごとの旬の収穫物や草花を神々に供え、五穀豊穣、無病息災、子孫繫栄を祈るとともにその供物を家族や仲間で分かち合うことで、人々の絆を深める役割を果たして来た。

3月3日上巳の節句、桃の節句や雛祭りとも呼ばれ、平安時代に紙人形で身の穢れを祓った「流しびな」が源流で、現在では、女の子の穏やかな成長と幸せを願い、ひな人形や桃の花を飾り,菱餅や処によってはハマグリ料理を食べてお祓いをするという。当初は男女関係なく厄除けを行う行事でしたが、江戸時代ごろから、5月5日の端午の節句{男の子}に対し、3月3日は女の子の節句として定着したという。

私が見学したのは2日平日でしたが、市内外からの来場者で結構賑わっていた。残念ながら私は見ていませんが夜にはライトアップされ、一層の華やかさと、幻想的な風景が展開されていたという。期間中には市内外から毎年約2千人が訪れるなど、滑川の風物詩として定着した感がある。

写真は、数々の雛人形。「シルバー人材センター」やAKBガールズと名がつけられたひな人形。

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