なかや一博 ブログ

月別アーカイブ: 2016年1月

薬神神社歳旦祭

今年も、1月8日平成28年薬神神社歳旦祭が旦尾宮司のもと、厳粛に執り行われました。
この日は、薬業関係者が多数集まりましたが雨の為、加積雪嶋神社社務所より薬神神社に向って商売繁盛を祈願しました。
年々参加者が少なくなってきており一抹の寂しさを感じますが、昨今、セルフメディケーション、つまり「自らの健康は自らが守ること」の重要性が叫ばれる中、配置薬の果たす役割りも見直されてきていることも話題となりました。

幕末の志士、高杉晋作の辞世の歌と言われる
「おもしろき、事も無き世をおもしろく、棲みなすものは、心なりけり」

どんな環境にあっても、最後は自分自身の心の持ち方である。この言葉で散会しました。

ここで、薬神神社の由来沿革を記しておきます。
(滑川市神社誌、昭和63年10月15日発行より抜粋)
 鎮座地 滑川市加島町2050 加積雪嶋神社境内地内
 祭神  大己貴命 少彦名命 神農 合祀

本社は明治13年6月創建静岩社「明治12年11月滑川町売薬業者の勤請」は櫟原神社の末社として社殿の建立経緯は不詳で暫く旦尾神主低内に鎮座され、明治40年10月保寿堂「株」庭内に社殿建立し祭神の鎮座は上申したが、許可がなかったので御影の鎮座を仰ぎ薬師社として奉斎崇敬していました。
昭和30年10月全市の売薬業者及び市内製薬会社の奉賛金募により昭和32年加積雪嶋神社境内地に社殿建立し、祭神、大己貴命 少彦名命 神農を合祀し薬神神社として業界信徒奉斎しているも、叙述の因縁あり一社創建でなく静岩社の再興社殿です。

明治31年5月発行の櫟原神社之景に、金毘羅社の東側に「静岩社」の絵図あり。
社標「薬神神社」の揮ごうは文化勲章受章者、富山市名誉市民、山田孝雄氏。

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古稀

平成27年、2015年はすでに地平線下に沈み、ここに、平成28年、2016年の幕が上がりました。
いつも、この時期になると思うことですが、過ぎし一年間を振り返り、新しい年に想いを馳せるのは私一人ではないと思います。しかし、そんなことを考える動物は人間だけです。オランウータンやチンパンジー或いはゴリラでもそんなことは考えもしないでしょう。

何故か?それは、人類が悠久の時の流れに節をつけたからだと思います。
大晦日に飲む水道水も元旦に飲む水道水も、味は変わらない筈です。しかし、元旦に飲む水はどこか清々しいし、美味しいような気がします。
それは、時の流れに節を付けたからです。60秒で1分、60分で1時間、24時間で1日、30日或いは31日で1ヵ月、12ヵ月で1年、これらに加え、年中行事、二十四節季、雑節等、正に時の流れに1つの区切りをつけました。これによって人類は心を新たにすることも、生活にリズムを持つことも、農作業のメドを立てることや、何よりも人生そのものにメリハリを付けることができるのです。

故に、人類は万物の霊長と言われる所以でしょう。確かに、人類は核兵器を開発したり、月へ人間を送り込むなど、文明の発展に多大な貢献をしてきました。しかし、それは産業革命以後、約200年位の間でのことです。
しかし、人類はそれより遥かに以前に悠久の時の流れに節を付けました。
そして、文字や暦や時刻を考え作りだしました。改めて人類の凄さを感じます。しかしその万物の霊長たる人類の最も愚かな行為はやはり戦争です。今年も世界各地でテロや局地的紛争が起きるでしょう。一日も早い世界平和の訪れる日を望むものです。

さて、私は今年数え70歳。いわゆる【古稀】を迎えました。これを記念して地元の加積雪嶋神社へ、氏子有志10名で絵馬を奉納しました。
次は77歳いわゆる喜寿。健康に留意し再会を約束し散会しました。

さて、「人生七十古来稀」 唐の詩人、杜甫(712年-770年)の漢詩「曲江」に由来しています。同時代に李白(701年―762年)又、746年(天平18年)越中の国守に赴任した大伴家持が居ます。

「曲江」(杜甫)
 朝回日日典春衣 朝(ちょう)より回りて日日春衣(しゅんい)を典し
 毎日江頭尽酔帰 毎日江頭(こうとう)に酔いを尽くして帰る
 酒債尋常行処有 酒債尋常、行く処に有り
 人生七十古来稀 人生七十古来稀なり
 
 以下中略

私の好きな漢詩の一つです。この時代の平均寿命は何歳だった?わかりませんが70歳と言えばやはり稀だったのだと思います。

「元旦や 必ずくるぞ 大晦日」そんな句を思いながら気を引き締めて1年を送りたいと思っています。

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<奉納した有志一同>

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<奉納した絵馬>