なかや一博 ブログ

日本一遅く桜開花

散る桜 残る桜も 散る桜  良寛

新型コロナウイルス感染症が発生してから、聞きなれない言葉が溢れている。最初に耳にしたのは、PCR。今では5歳の孫までが口にする。
次いで、最近では、抗原体検査。抗体検査。又、ホームスティは馴染みの言葉だが、今ではステイホーム。そして、テレワーク。オンライン。テイクアウト。クラスター。に、パンデミック。

治療薬の名前にしても、新型インフルエンザに開発された「アビガン」は富山県人には馴染みがあるが、エボラ出血熱の「イムデシベル」、関節リウマチの「アクテムラ」、マリアナの「クロロキン」、気管支喘息の「ミクレソニト」等々カタカナばかりである。
これらの一部はワクチンが開発されるまで、効果や副作用を検証しながら使用され、他の製品は同様に治験が続けられるという。

人類は今日まで、何らかの病気との闘いの歴史である。北里柴三郎博士などによって破傷風や黄熱病の感染症が撲滅されたように、必ずや人類は新型コロナウイルスにも打ち勝つであろう。その日が一日も早く来るのを願うばかりです。

さて、前置きが長くなったが、気象庁は5月10日北海道稚内市と釧路市でエゾヤマザクラが開花したと発表した。気象庁の全国の観測地点では最も遅い開花宣言である。
1月6日沖縄県那覇市でヒカンザクラが開花してから約4ヶ月後となった。稚内気象台によると10日午前10時すぎ、稚内市の天北緑地にある国内最北の標本木で6輪ほど咲いているのを職員が確認し、平年より4日早かったという。
釧路気象台も午後3時ごろ鶴ヶ岱公園の雑木林で開花を確認。平年より7日早かったという。そんな新聞記事の隣りに奄美が梅雨入りとの記事があった。鹿児島県の奄美地方が全国で最初に梅雨入りしたとみられ平年より1日早く、昨年より4日早いという。

日本列島が如何に南北に長いか、桜前線や田植え前線は南から北へ日本列島を北上すると表現し、片や紅葉前線は北海道大雪山系旭岳から南下すると表現する。梅雨前線のように正式な気象用語ではないというが、日本語は美しい。俳句や短歌が英語に訳されるが、美的感覚は日本語にほど遠い。

私が配置薬業に始めて従事したのは昭和41年4月で回商地は秋田県大館市周辺で、花見と言えば青森県の弘前城である。私自身何度も行ったが4月末から5月のゴールデンウィークが満開であった。
ここが散ると桜前線は津軽海峡を渡り函館に上陸し北上を続ける。やがて、最北の地釧路や稚内に到着する。これが5月20日頃だったと思う。
それを思うと、地球温暖化は確実に進行している。南極大陸や北極海の氷、そして世界各地の氷河が溶け、太平洋の小さな島々が水没の危機に直面している。そんなニュースに接してもピントこない。

感染症は目に見えず突然くるが、地球温暖化は目に見える形ですでに現れている。我々はこの問題にもっと真剣に向き合うべきでと思う。



(2020/05/12)

薬神神社春季例大祭

5月8日恒例の薬神神社春季例大祭{主催・薬神神社奉賛会・石倉雅俊会長}は加積雪島神社境内にある同神社において横川宮司によって厳粛に執り行われました。
当日は、曇一つない抜けるような空の青さに、若葉、青葉の新緑が煌めく中、祝詞奏上、玉串奉奠と続き商売繁盛と共に、新型コロナウイルス感染症の一日も早い終息を祈願しました。
ただ、ウイルス感染防止の為、参列者全員マスク着用しかも、人と人との間隔を1m以上開けるなど異様な風景でした。そんなことで参列者はいつもより少なかったです。

石倉会長は挨拶の中で、この例大祭を開くか、どうか色々意見があったが、従来行ってきた直会を中止し、神事のみ行い商売繁盛と共に、薬業人一体となってコロナウイルスに打ち勝ち、ステイホームで不要不急の外出を自粛しているお得意様の家族の安全・安心に果たす「置きくすり」の役割の重要性を力説されました。
また、市議会開会中で、市長、議長が欠席の為、来賓を代表し大門良輔県議会議員が、今日の皆さんの元気、意気込みを、お得意様にお届けし、コロナに打ち勝ち一層の商売繁盛を願う挨拶がありました。
また、市商工会議所より杉田隆之専務理事、沢崎高平雪島神社総代等々のご参拝もありました。

さて、新型コロナウイルス感染症は、当初富山県内での感染者は0が暫く続いていましたが、新聞報道では5月8日現在、感染者218人、死者14人とされています。
しかし、感染者数は県内を含め全国的に減少傾向にあり,滑川市を始めとして県内の休館中の公共施設は一部再開へ、休業要請の出ていた飲食業も要請が11日解除されるのに伴い再開への動きが広がって来ているという。
また、治療薬も、米国で開発されたエボラ出血熱治療薬「レムデシベル」が我が国で特例承認され、「アビガン」も今月中には承認の見込みという明るい兆しが出て来たとは言え決して油断してはいけないと思います。人命、それはとても大切なこと。第一に人の命を守ること。当然のことです。

その上で緊急事態宣言が出て1ヶ月。9日の北日本新聞朝刊で県内初のコロナ倒産の発生を報じている。著名なエコノミストによれば、緊急事態宣言によって外出や営業の自粛や企業活動の休止が1ヶ月続くと約4兆円の消費が落ち込み日本経済は大きな打撃を受けるという。
これによって倒産が相次ぎ、失業者は増加する。過去のデータから見ると倒産と失業とは連動していて、失業者が1%増えると約2千人の自殺者が出るという。
5月8日現在、我が国のコロナウイルスでの死者は619人です。つまり、人命を守ることと、経済活動とを、どうバランスをとるか、これが問題であり政治家の覚悟の示し処と思う。

兎に角、一刻も早く、一日も早く新型コロナウイルス感染症の終息を願うものです。

尚、薬神神社縁起由来の看板が設置されました。高さ160㎝、横102㎝、説明板は縦60㎝横87㎝。表面に縁起由来、裏面に合祀してある祭神、大己貴命{おおなむちのかみ}・少彦名神{すくなびこなのかみ}・神農の解説が記してあります。
材質は、アルミ角パイプ、案内の表面、裏面はアルミ複合板貼。この案内板を通して、薬神神社が地域の方々に身近な存在として親しまれ、薬業人には心の拠り所として末永く護持されるように願うものです。

令和2年5月9日

写真は、玉串奉奠の私。マスク姿の参拝者。縁起由来の案内板。

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(2020/05/09)

清水寺貫主・森清範先生講演会中止

濃く淡く 若葉の奥も 若葉かな

毎年6月第一日曜日に京都清水寺・貫主森清範先生をお迎えしての市民文化講演会{主催・滑川音羽の会・会長中屋一博}は残念ながら、今回、6月7日開催は中止とさせて頂きました。

今更申し上げるまでもなく、新型コロナウイルス感染症は世界中をパニックに落とし入れました。わが国でも、4月7日7都道府県に5月6日まで緊急事態宣言が発出され、次いで4月16日同宣言が全国に拡大されました。
しかし、5月4日これも5月31日まで延長となり、各地の行楽地やサービス業、企業活動等々に甚大な影響が出ています。本来なら、多くの人で賑わう筈のゴールデンウィークも「ホームステイ」は「ステイホーム」と名を変え、街から賑わいが消え、工場は稼働を止め、まさにゴーストタウンの様相を呈しました。

本市においても、公共施設は休館。各種イベントは中止。学校も休校するなど市民生活にも影響が出ています。終息どころか、収束の目途さえ立っていません。
この様な状況では講演会の中止も止むを得ないと思います。連続24回も続き,楽しみにしておられた多くの方々には申し訳なかったのですが、当方としても断腸の思いの決断でした。

ところで、今回の件から我々は何を学び、なにを教訓とすべきか。
SARS、MARS、エボラ出血熱などは我が国では大きな問題にならなかった。強いて言えば新型インフルエンザの時くらい多少騒いだ程度であった。それ故、今回、経験したことのない国難だ、或いは第三次世界大戦との言葉も飛び交った。
しかし、人それぞれの人生でも、企業経営でも、予期せぬこと、想像もしなかった事が起こる事を私は再認識した。
「アビガン」によって「くすりの富山」の名声が上がったとは言え、一日も早く、収束から終息の来るのを願うばかりです。

令和2年5月6日

写真は昨年の講演会での清水寺貫主・森清範先生。
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(2020/05/06)

滑川高校入学式

外に出る 触るるばかりに 春の月  汀女

4月7日夜はスーパームーン。大きく、明るく、8日未明まで幸せそうに輝いていました。その8日{水}午後2時県立滑川高校入学式が挙行されました。例年と違い新型コロナウイルスの影響で、しかも、前日7日7都府県に対し緊急事態宣言が発令されたこともあり普通科2クラス、商業科、薬業科、海洋科各1クラス計5クラス200名の入学生、保護者、教職員、来賓の殆どがマスク姿で体育館は異様な風景でした。
やはり富山県内でも陽性の感染者がで出るなど連日の報道の影響と思われます。式次第も従来より時間短縮も含め、国歌斉唱、祝電披露はカットされました。また生徒同士の間は少し距離がありました。

校長の入学許可、式辞、新入生宣誓、在校生歓迎の言葉{在校生は歓迎の言葉の代表者のみ出席}続いて校歌は従来在校生10人程が壇上に上がり、ピアノ演奏で歌っていましたが今回は、テープで一題目だけが会場に流されました。
式次第の内容は各学校の自主性に任されていたとのことでした。新入生には少し物足りない入学式でしたが止むを得ないと思います。そして、人生においても予期せぬことが起きる現実を理解する機会になったと思います。

尚、9日全員登校日、10日―22日まで臨時休校の予定です。一日も早く新型コロナウイルス感染症の終息宣言が出されることを願うのみです。

写真は入学許可を出す柳原英志校長。

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(2020/04/08)

春の四重奏

咲き満ちて こぼるる花も なかりけり 虚子

4月7日{火}朝日町の、あさひ舟川「春の四重奏」を訪ねました。ご存知の通り、舟川の堤防上の桜並木{ソメイヨシノ}と左岸一帯に広がるチューリップ畑、菜の花畑、加えて残雪の後立山連峰が織りなすコラボレーション、特に朝日岳、白馬岳との「四重奏」が見事な風景です。

しかし、山々の残雪や桜の開花時期を人間の手によって調整するのは難しい。結局桜にチューリップや菜の花の開花時期を合わせようとするのだから大変だと思う。まさに、年に一度の夢のような景色は、地元の農家が熱意を持って世話を続けられた賜物と思う。
舟川の堤防上の桜並木も昭和37年頃地元の人々の手によって植樹されたもので、今では、樹齢60-70年280本余りの桜は幹回りも太く、堤防上の桜並木のトンネルや左岸、右岸の並木を仮設の橋の真ん中から眺める風景は圧巻です。富山市の松川の桜並木の約470本には本数では及びませんが、何ら遜色はなく見事な桜です。

7日は丁度満開であり、まさに桜花爛漫でした。チューリップ畑も菜の花畑も地元の農家の方が栽培しておられ、7-8年前から口コミで広がり今日では県内外から多数の観光客が訪れる一大スポットになっています。パンフレットによれば「チューリップの球根を育てるために花を摘んで、桜の根元に撒いています。花びらの美しい肥料が桜の幹を大きく育てて、毎年見事な桜トンネルを楽しむことができるんですよ」とのことです。ここが松川との違いかもしれません。

やはり、どんな世界でも人の目に見えないところで多大な努力をしている人がいることを改めて思いました。
通常、駐車場は協力金として有料ですが、今年は新型コロナウイルスの関係で係員の対応ができず、無料でした。
こんなところでも影響が出ているのには驚きました。

写真は、桜並木と四重奏。当日は、後立山連峰は目視出来ましたが、写真では残念ながらハッキリ写っていませんでした。

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(2020/04/07)

三館巡り

立山連峰 肩組み合って 山笑う

3月12日{木曜日}雲を探すのに苦労するくらい青空が広がり、残雪輝く立山連峰を眺めながら私用で富山へ出かけました。
その折①富山市売薬資料館、②富山市篁牛人記念美術館、③三島由紀夫・隠し文学館「花ざかりの森」を見学しました。

▼富山市売薬資料館
これは、富山売薬商人は商売の前にはどのような準備をしていたのか,あるいは、商売先へ行くまでの旅はどんなものであったのか、、など、江戸時代の状況をたどる企画展でした。
大別すると次のようになります。

㋐売薬人として雇用され、旅立ち商人となる。
㋑旅立つ際に必要な書類。
㋒出発前の準備、持ち物。
㋓商売先への行程。

などで企画展示場・別館旧密田家1階展示場で約40点の資料が展示してありました。
我が家でも、私が小・中学生時代の昭和30年代3人の配置員を雇用していました。旅立つ数日前から旅先の旅館へ発送する「薬」を木箱に入れ荒縄で縛り、全員で大八車かリヤカーで当時の国鉄滑川駅へ運んだのを憶えています。
その時、乗車券を提示する事によって割引制度のあるチッキと呼ぶ方法がありました。
また、出発日は午後から我が家で、全員で夕食を共にし夜行列車で旅立つ姿を見送ったのを思い出します。出張先は秋田方面でしたので、新潟県新津駅で乗り換え翌日午後に目的地に着いたとのことでした。
日頃、見れない資料も数多くありとても良かったです。
企画展は4月19日まで。930-0881富山市安養坊980 富山市売薬資料館☎076-433-2866

▼富山市篁牛人記念美術館
この美術館は丁度売薬資料館の向えにあります。パンフレットによれば、「卓越した技術によって独自の画境を創出し、日本画壇の中でも、ひときわ異色の存在として注目される水墨画家」とし、また、「篁牛人は、日本や中国の故事・伝説などを主な画題として、形容しがたい緊迫感と高遠な精神世界を画面上に展開した画家であります。
彼は渇筆技法と弾力ある長く細い線描を駆使して、豪放で美麗な独自の水墨画世界を構築しました。
また、自然を深く掘り下げた所で自己を見つめ続け、東洋の精神性とされるものをその生涯と画業を通じて一貫して追い求めた」とあります。

今回の館蔵品展は「虎渓三笑」
虎渓三笑は水墨画の画題の中でも有名な故事です。中国の文人逸話に基づいたもので、虎渓という橋を渡る3人が大笑いしている様子が描かれています。
晋の時代、蘆山の東林寺にて隠居の身であった慧遠法師を2人の詩人陶淵明と陸修静が訪ねました。
別れに見送りますがお話に夢中になって、俗界に通じる橋を日頃から避けていたにもかかわらず渡ってしまい、虎の吠える声で気が付いて大笑いしたというもの。
篁牛人はたびたび人物3人と虎を速描きで仕上げました。本展ではユニークな大笑いする様子の「虎渓三笑」を中心に、虎が描かれた作品も展示します。(パンフレットより。)

以前、テレビのお宝探偵団で篁牛人の大作が出品され、数百万円の値がつけられました。
鑑定人曰く、篁牛人の作品は素晴らしい。残念ながらローカルの作家である。オール・ジャパンの人だったらもっとするだろう。と、言ったことを思い出しました。
私には作品を論ずる資格はありませんが、これが芸術か、との思いで鑑賞してきました。
館蔵品展は5月16日まで。〒930-0881 富山市安養坊6000 ☎076-433-9215

▼隠し文学館「花ざかりの森」
この文学館は、三島由紀夫に特化した文学館で、この種の物は全国に、山中湖の文学の森にある三島由紀夫文学館と2ヶ所だけです。しかし、「花ざかりの森」は杉田欣次館長が富山市役所を定年退職後,私財を投じ建設された個人の文学館です。
杉田氏が大学時代に読んだ三島由紀夫の「金閣寺」に感動し、以来三島フアンになったそうです。館名「花ざかりの森」は、三島由紀夫が19歳で出版した第一著作集の題名をご遺族の了解を得て館名としたとのことでした。

現在、三島自筆の原稿や初版本、限定本{署名入り}、初出雑誌、写真集、原作・出演・関連映画演劇の上演台本・ポスター・チラシ・スチーム写真・レコード・カセットテープ・DVD・対象作家評論など千点を遥かに越える資料を保管しているそうです。
個人でこれだけの資料を収集・保存・展示されることは中々容易なことではないと思います。平成19年11月、正式に全国文学館協議会に入会し、翌年、平成20年3月1日開館。
杉田館長の三島に寄せる熱き思いが、個人所有とは思えないほどの瀟洒な素敵な文学館です。是非,お立ち寄りをお薦めします。

今回の企画展は、三島由紀夫没50年記念、三島由紀夫の歌舞伎展として開催されました。
パンフレットによれば、「三島由紀夫の歌舞伎台本は6作あり、日本舞踊劇3作を含めると9作になる。三島の新作歌舞伎は誰言うともなく「三島歌舞伎」と称され同時代の他の作家と識別された。晩年の「椿説弓張月」まで、いづれも「擬古典主義」によって裏打ちされており、他の近代新歌舞伎とは際立って異なった作物であった。徹頭徹尾古典主義を貫いた三島の、歌舞伎との出会いから晩年の三島由紀夫の歌舞伎までの軌跡を辿る。」と、記してありました。三島の多彩な一面を見た思いでした。            
以前、私は陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地を訪ねたことがありました。極東軍事裁判が行われた講堂や地下防空壕、そして演説をしたバルコニー、自決した総監室などを見て来た者として今回の企画展は感慨深いものがありました。

折しも、三島が自決した1970年{昭和45}11月25日の前年に東大全共闘と繰り広げた討論会を題材にした「三島由紀夫vs東大全共闘、50年の真実」のドキュメンタリー映画が完成し3月20日から全国公開されるという。楽しみです。
三島由紀夫略歴 大正14年、東京生まれ。本名、平岡公威{きみたけ}、学習院高等科より東京大学法学部卒。十代から小説を書き始め、昭和23年文学活動に専念する為、大蔵省退官。昭和45年自決。45歳。

今回、勝手に「三館」巡りとして全く違った施設3館を拝観しましたが、これも、趣があって良かったと思いました。

写真は、①旅立つ売薬商人 ②篁牛人・虎渓三笑 ③三島由紀夫昭和15年学習院中等科の時の写真とパンフレット。 

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(2020/03/12)

新規配置販売従事者研修

頑なに 富山売薬 春の風邪
誰の句か忘れましたが、私の好きな句の一つです。

さて、これからの配置販売に従事しようとする方を対象に、合計60時間{6時間×10日間}の普通課程の研修を年3回実施しています。この過程は、富山県にお住まいの配置従事者が初めて仕事をする際であっても、くすり等に関する知識を一定以上持って頂く為に実施している初任者向けの研修です。

配置従事者は業務に従事する場合は、住所地の都道府県知事が発行する身分証明書を携帯しなければならないことになっていますが、かって富山県では、この研修を受講していることを確認してから身分証明書が発行されていました。法的に受講させる強制力はありませんが47都道府県でこの様な研修をしているのは富山県だけです。
それだけ、富山県では地場産業である薬業を重視している表れと思います。

2019年度最後の研修が3月2日{月}から始まりました。研修内容は下記の通り。

3月2日{月}
9時―12時 オリエンテーション 配置薬業の歴史
13時ー16時 先用後利と接客 配置販売の倫理 懸場帳について

3月3日{火}
9時―12時  第1章 医薬品に共通する特性と基本的な知識
13時ー16時 第2章 人体の働きと医薬品 人体の構造と働き ①内臓器官 ②感覚器官

3月4日{水}
9時―12時 第2章 人体の働きと医薬品 人体の構造と働き ①運動器官 ②脳や神経の働き
13時ー16時 第2章 人体の働きと医薬品 ①薬の働く仕組み ②副作用

3月5日{木}
9時―12時 第4章 薬事に関する法規と制度
13時ー16時 第5章 一般用医薬品の適正使用と安全対策

3月6日{金}
9時―12時 第3章 主な一般用医薬品とその作用 ①精神神経に作用する薬
13時ー16時 第3章 主な一般用医薬品とその作用 
          ①胃腸に作用する薬 ②心臓などの器官や血液に作用する薬  

3月9日{月}
9時―12時 健康食品について 薬事法関連法規について
13時ー16時 第3章 主な一般用医薬品とその作用
      ①排泄の部位に作用する薬 ②鼻に用いる薬 ③眼科作用

3月10日{火}
9時ー12時 第3章 主な一般用医薬品とその作用 ①呼吸器官に作用する薬
13時ー16時 第3章 主な一般用医薬品とその作用
      ①滋養強壮保健薬 ②漢方処方製剤・生薬製剤

3月11日{水}
9時―12時 第3章 主な一般用医薬品とその作用
     ①禁煙補助剤 ②公衆衛生用 ③一般用検査薬 ④医薬品・食品の相互作用
13時ー16時 第3章主な一般用医薬品とその作用 ①皮膚用薬 ②歯や口に用いる薬

3月12日{木}
9時―12時 第3章 主な一般用医薬品とその作用 ①婦人薬 ②アレルギー用薬
13時ー16時 金岡邸等見学

3月13日{金}
9時ー12時 配置用医薬品について ①薬用植物・生薬について
13時ー16時 修了試験 試験の解説 修了式

以上が普通課程ですが、これ以外に
①既存配置従事者研修
②登録販売者等研修
③特別課程
④専門課程
⑤薬業新人社員合同研修会
などがあります。

詳細は郵便番号930-0018 富山市千歳町1丁目4-1「一社」富山県薬業連合会
電話番号076-432-2765(代)

私は、初日の午後からだけですが、他の研修科目は11人の薬剤師の皆さんが講師となっての研修です。他県ではまず出来ない内容です。これも300年の歴史と伝統を有する「置きくすり」の富山であるからこそ、又、医薬品の総生産額が国内ではトップクラスだから行政も「くすりの富山」と標榜するのだと思う。
この様なことから薬業の振興策の一環として、県の支援を受けて行われているものです。

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(2020/03/03)

滑川高校卒業式

網しぼり きらめきつくす 蛍烏賊  高島学人

弥生3月に入り、富山湾の春の風物詩ホタルイカ漁が解禁となった。
昨年の初日の漁獲量は1.5㎏。今年は365㎏。昨年を大きく上回り今年は豊漁が期待できそう。

そんな中、新型コロナウイルス感染防止の為、県内の小・中学校は休校、卒業式も自粛が相次ぐ中、県下の高校53校が4日まで卒業式が行われた。
県立滑川高校卒業式は3月2日{月}午前10時より体育館において、卒業生、在校生、保護者、来賓が同席し実施された。また、国歌「君が代」「蛍の光」「仰げば尊し」「校歌」も例年通り歌われた。校長先生の決断には敬意を表します。

さて、いつも感動することですが
①生徒から卒業生への送辞。
「蛍の光」を在校生全員で斉唱し、代表が卒業生に対し、部活や生徒会活動を通して指導を受けた数々の思い出を語り、先輩が築いてきた本校の良き伝統を引き継ぐ決意と感謝の言葉でした。

②卒業生から在校生への答辞。
「仰げば尊し」を卒業生全員が斉唱し、代表が3年間の想い出を1つ1つ丁寧 に述べて、在校生、教職員、家族への感謝とお礼の言葉でした。
そして、時々涙ぐみながら、在校生には、滑川高校を更に発展させるようにとの願いと共に、様々な想い出を胸に新たな人生を歩んでゆく力強い決意表明でした。

③柳原校長は、朝生徒と顔を合わせた時の挨拶から始まり、先生に熱心に質問する姿など想い出を語り生徒の前途に幸多き事を願う言葉でした。

最後は、「Official髭男dism」というグループの「115万キロ・フイルム」の曲に送られて卒業生が退場しました。正直言って私は、グループ名も曲名も全く知りませんでした。何人かの人に聞いてみましたが、誰も知りませんでした。

後ほど先生から教えていただきましたが、やはり年齢の差を感じました。でも、新たな門出に相応しい素敵な曲で、選曲は生徒がするそうです。3月は別れの季節。やはり「蛍の光」と「仰げば尊し」は卒業式には欠くことの出来ない曲です。
この曲があるからこそ卒業式であり、この曲があるからこそ、式が厳粛な雰囲気になるのだろうと思う。出席して良かった。230名の卒業生の洋々たる前途が輝かしい未来であることを念じ、学校を後にしました。

写真は、卒業証書授与と式辞を述べる柳原英志校長。

<参考>
「蛍の光」
蛍の光 窓の雪・・・の歌詞は古代中国「晋」の学者車胤が、貧しくて油が買えないため、蛍を集めてその光で書を読み、同じく孫康が雪明かりで勉強したという故事からとったもので、勉強をしようと思えばどんな環境でもできることを意味し、「蛍雪の功」の言葉もそこから生まれた言葉であろう。
原曲はスコットランド民謡で、明治14年刊行の「小学唱歌集」に「蛍」の題名で発表されたが作者不詳である。
スコットランド民謡を敢えて翻訳しないで、「徳性涵養」の教育方針から、道徳的な詩がはめ込まれたという。滑川高校校歌二題目に「思え車胤の青春の・・・」とあります。

「仰げば尊し」
明治17年に日本で初めての音楽教材集「小学唱歌集{三}」に載っている。ところがこの歌の作者については、編集に関係した人たちの誰かだろうといわれているが、判っていない。
外国の民謡らしいという説にも根拠がなく、もし日本人の曲であるとしたら当時としては非常に珍しい西洋風の長音階である。戦後の一時期、卒業式にこの歌が歌われることに教師側が抵抗を感じたことがあったが、PTA側が卒業式はこの歌でなければ承知しなかった。
映画「二十四の瞳」でこの歌をテーマ曲に使い多くの人々を感動させたのも、この歌に対する感傷性が大きかったせいではなかろうか

{注}「蛍の光」と「仰げば尊し」は平成4年1月発行、CBSソニーファミリークラブ「心のうた、日本のうた」より

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(2020/03/02)

再 会

2月12日、上京の折久し振りに総務省と財務省より富山県へ出向していたメンバーと再会し懇談した。
高部正男・元消防庁長官、現在市町村アカデミー学長。
江畑賢治・元県総務部長、現在(株)日立製作所CEO付。
荻沢滋・元県経営管理部長、現在市町村アカデミー副学長。
新田一郎・元知事政策局長、現在総務省自治財政局調整課長。

もう一組は、財務省から富山県庁へ出向していた方で富山一成・元県知事政策室長、現在財務省理財局次長。
岩元達弘・元県生活環境部長、現在財務省大臣官房総合政策課長。

などで、話題は県庁時代の想い出と共に最近の県政の問題、そして各人の現在の立場など盛り沢山の話題で時の経つのも忘れ歓談しました。

写真は総務省関係者{赤阪会館}と財務省理財局次長室にて

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(2020/02/14)

出雲と大和

春風や まりを投げたき 草の原 正岡子規

2月12日全弓連理事会出席のため、上京しました。その機会に上野にある東京国立博物館平成館で開催されている「出雲と大和」特別展を拝観しました。当日は、3月下旬から4月初旬と言われるポカポカ陽気の中、公園内にある小グランドの横にある正岡子規の冒頭の句碑と野球を楽しむ人々の姿を見ながら入館。

さて、「令和2年{2020}は我が国最古の正史「日本書紀」が編纂された養老4年{720}から1300年という記念すべき年です。その冒頭に記された国譲り神話によると、出雲大社に鎮座するオオクニヌシは「幽」、すなわち人間の能力を超えた世界、いわば神々や祭祠の世界を司るとされています。
一方で天皇は大和の地において「顕」、すなわち目に見える現実世界、政治の世界を司るとされています。つまり、古代において出雲と大和はそれぞれ「幽」と「顕」、を象徴する場所として、重要な役割を担っていた。」パンフレットより引用。

国宝や重要文化財など170点もの作品が出品されていましたが、圧巻は、定説を覆した圧倒的な数の青銅器。特に、国宝・銅剣・銅矛‣銅鉾・{島根県出雲市、荒神谷遺蹟出土、弥生時代・前2-前1世紀}や国宝・金銅装鞍金具{後輪}奈良県斑鳩町、藤ノ木古墳出土・古墳時代・6世紀。
また、権威の象徴、王権の鏡、重要文化財の画文帯神獣鏡、三角縁神獣鏡、{奈良県天理市、黒塚古墳出土、古墳時代・3世紀}その中でも景初3年{239}と記された三角縁神獣鏡は、いわゆる魏の国から倭の卑弥呼に贈られたものではないか?と言われるものです。暫し立ち止まり興味深く見てきました。

また、長年実在したか、論争があった巨大本殿、重要文化財,宇豆柱で、これは、平成12年{2000}に出雲大社の境内から出土した巨大な柱で「心御柱」と「宇豆柱」のことである。{出雲大社境内遺蹟出土・鎌倉時代宝治2年{1248}。これらの巨大な柱は、出雲大社の本殿が、かっては高層建築であったことを示すもので本殿は48mだったとする資料が残るほか、鎌倉―室町時代の平面図では本殿の階段が長さ109mだったことも記されている。

これらのことは「日本書紀」や「古事紀」で触れられている「国譲り神話」で、出雲大社の祭神、大国主命が高天原からの使者に対し、支配権を譲る代わりに、巨大神殿を建ててもらったとされる話とも一致する。その特徴的な往時の本殿の10分の1の大きさの模型も展示され圧巻でした。

また、百済から献上されたと「日本書紀」に記載のある{七枝刀」と目される奈良県天理市の石上神宮に伝わる国宝・「七支刀」古墳時代・4世紀も出品されていた。いづれにしても滅多に見れない逸品ばかりであり、まさに、出雲と大和の名宝が一堂に集まった特別展であった。

参考まで「日本書紀」について
神代から持統天皇11年{697}までを記した歴史書。舎人親王{676-735}が中心となって編纂し、養老4年{720}元正天皇へ奏上された。全30巻で、巻1、巻2は神代、巻3の神武天皇から巻30の持統天皇までは編年体でまとめられているという。「日本書紀」の写本は、古本系統と、卜部{うらべ}家本系統に分類されているという。和銅5年{712}太安万侶編纂の歴史書「古事紀」よりも沢山の記事が収めらているところから「古事紀」より「日本書紀」が脚光を浴び、いつの間にか「古事紀」が忘れ去られてきた。
しかし、江戸時代に入り国学者・加茂真淵や本居宣長によって再び光が当てられた。そして双方とも、現代まで様々な視点から研究が続けられている。処で、日本のホテルの中には、各部屋に聖書が置いてあります。
むしろ、「日本書紀」を置けばどうでしょうか。

会議の都合上2時間余りの拝観でしたが、はるかいにしえに思いをはせ充実した時間でした。

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(2020/02/13)

第4回祝日に日の丸を掲げる会講演会

2月10日午後7時~8時滑川市民交流プラザで奥本康大{こうだい}氏を講師に迎え講演会が開催されました。

冒頭、2月14日は何の日か?と質問されました。
誰もがバレンタインデーと思いきや、2月14日はバレンバン落下傘部隊降下の日であるという。昭和17年2月14日インドネシア・スマトラ島の最大都市バレンバンに約350人の日本兵落下傘部隊が奇襲攻撃をかけ、千人を超えるオランダ軍を蹴散らし、飛行場と2ヶ所の製油所を無傷で制圧し戦闘は約一日で終結した。
約12時間程で飛行場を確保した部隊の一小隊が降下直後に5名で集結し、約30倍の敵と遭遇、拳銃と手榴弾だけで敵を敗走せしめた。その小隊長が弱冠21歳の奥本実中尉で私{康大}の父である。
そのバレンバンの戦果がいかに大きかったかは、その後、戦時歌謡「空の神兵」として広く国民に歌われ、翌年2月19日宮中に参内し昭和天皇に謁を賜ったという。

私の手許ににある「昭和天皇実録」全18巻の9巻の中で、昭和18年2月19日にこう記してある。
2月19日・金曜日
午前10時、御学問所に出御され、今般満洲より帰還の陸軍中将川並密{前第14師団長}・同西原寛治{前第23師団長}並びに感状拝受の陸軍大佐青木武三・同本多三男・同鈴川清・同星駒太郎・陸軍中尉奥本実に謁を賜う。と、記してあった。

ご本人によれば、一介の中尉が天皇に謁を賜ることは極めて異例であったという。それにしても、2月14日がバレンバン落下傘部隊降下の日とは、私を含めて知っていた人はいなかったと思う。講演の大半がこの話であったが、日の丸に関しては、オリンピックになると、にわか日の丸フアンが増えるが、あくまでにわかであって、国旗は「日の丸」国歌は「君が代」と法律で定められている。教育現場でもそれを教えようとしないのは問題である。とし、祝祭日には、国旗「日の丸」は掲揚すべきとのことでした。
私も同感です。

いづれにしても、戦争は勝っても、負けても悲惨なもの。人間は、万物の霊長と言われるが、人間の最も愚かな行為は戦争である。やはりいかなる理由があっても、戦争はすべきではないと思います。

奥本康大氏略歴
昭和25年{1950}9月大阪市生まれ。昭和50年・出光興産入社
現役勇退後、保護司。調停委員として社会奉仕活動に取り組んでいる。「空の神兵顕彰会」会長 「史実を世界に発信する会」委員等
著書に「なぜ大東亜戦争は起きたのか? 空の神兵と呼ばれた男たち」高山正之共著・奥本実名義がある。

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(2020/02/11)

新春講演会

滑川商工会議所新春講演会が1月27日{月}午後2時~3時30分まで商工会議所3階ホールで開催されました。当日の講師は、国際政治学者・村田晃嗣氏で、演題は・激動の2020年を読み解くー激動する世界情勢と日本の課題ーと題し1時間30分途切れる事なく機関銃の如く話されたのには驚きました。

氏は、同志社大学法学部教授。専攻はアメリカ外交、安全保障政策の研究。衆参両院の憲法調査会、安保法制の参考人も務められ、TVでも積極的に発言されています。講演内容は多岐にわたっていましたが、今後の大きな課題は人口減少問題点と少子化対策として、このまま何の対策も講じなければ、2300年には日本の人口は2000人となり日本消滅である。
講演前控室での私との会話の中では「移民政策がカギである」と述べておられました。

また、ポスト安倍について、一人ひとりの名前を挙げその長短を解説しながら,安倍・麻生・岸田のトライアングル対二階・菅・古賀誠の駆け引きも見逃せない。との発言もありました。衆議院解散の時期については色々な説を解説された中で、11月3日説である。

この日はアメリカ大統領選挙の日である。もし、トランプ大統領再選が確実であれば、東京五輪・パラリンピックの余韻冷めやらぬ内で、トランプ大統領と対等に話ができるのは安倍しかいない。として解散する。こんな奇策も或いはあるのかもしれない。

最後に、大阪万博を牽引した故堺屋太一氏の言葉を引用して「政治の不詳事が相次いでいる時こそ、有権者は賢くなれ」、「賢い有権者には、賢い政治家が生まれる」、「今はその逆である」、1票を行使した後、選んだ政治家の言動をチェックする重要性も言われました。
私も同感です。

ルソーの言葉に「選挙の時だけ選挙民が主人だが、あとは奴隷だ」の諫めの言葉と同時に、著名な政治家モスカはその著書「支配する階級」の中で、「政治家」と「政治屋」を明確に区分し、真の政治家は「社会の欲求を察知し、社会が到達すべき目標に導く最善の手段の方法を知っている者」これに対して「政治屋」は「統治システムの中で権力の座に達する最も近道を知り、又、これを維持する方法を知っている者」改めてこの言葉を思い出しました。

いづれにしても言語明瞭・意味明瞭な講演会でした。

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(2020/01/28)

内閣総理大臣賞受賞祝賀会

1月26日{日}午前11時より富山第一ホテル13階ハミエールで中村優さんが、昨年12月15日東京で開催された民謡大会で「布施谷節」を歌い優勝し内閣総理大臣賞を受賞され、その祝賀会が盛大に開催されました。
これは{公財}日本民謡協会主催により、全国各地の予選を勝ち抜いた人たちの大会であり、各種の民謡大会の中で最も権威のある大会だそうです。

祝賀会は、主催者・長岡すみ子さんの挨拶から始まり、発起人挨拶として、日本民謡協会・富山県連合委員会委員長・舘昇栄氏 来賓祝辞は田畑裕明衆議院議員、等からあり、次いで受賞者に記念品や花束贈呈、本人挨拶の後、受賞曲の「布施谷節」が披露されました。

さすが日本一の歌、会場内は彼女の美声に聞きほれました。
乾杯のあと和やかに懇親に入り、姉妹を囲みあちこちで懇談の輪が出来ました。さすが、民謡の祝賀会ですから、長岡すみ子さんを始めとして数々の民謡が歌われました。

優さんは、姉・澪さんとの中村姉妹の妹さんです。この姉妹は、民謡歌手、長岡すみ子さんの民謡教室の生徒さんで、今日までも色々の賞を受賞しておられます。
特に、優さんは2歳の時から叔母に連れられて民謡教室に来て、文字も楽譜も読めないのに歌だけは直ぐに覚えたそうです。

現在、スポーツ界でも、碁や将棋の世界でも一流のアスリートと呼ばれる人は、やはりこの様な年代から始めています。実は、中村姉妹が高校生の時、私の家で「越中おわら節」を含め数曲歌ってくれたことがありました。その彼女が日本一になるとは、大したものです。
しかも、「布施谷節」は黒部に伝わる、いわゆるローカルな民謡が日本一になったことで、オール・ジャパンの歌になったと思います。

「越中おわら節」や「麦屋節」などはその歌に特化した全国大会があります。同様に「布施谷節」の全国大会が開催されるようになれば良いと思います。祝賀会の席上、私の席に挨拶にきた姉妹が私の家で食べたホタルイカのお刺身がとても美味かった事などを語り、その時期には是非とも再会を約し、更なる活躍を願い激励をしました。
最後に、出席者による越中おわら節」の輪踊りが行われたあと平木柳太郎県会議員の一本締めでお開きとなりました。

それにしても、優れた民謡の歌い手を育てておられる長岡すみ子さんの喜びもひとしおだろうと思います。優さんの受賞を改めてお祝いすると共に、長岡すみ子さんの今日までのご尽力にも敬意を表したいと思います。

写真は「布施谷節」を歌う優さんと右囃子の姉・澪さん。優さん共に。主催者挨拶の長岡すみ子さん。内閣総理大臣賞トロフィー。

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(2020/01/27)

石井県知事訪問

1月17日午後1時石井隆一県知事を知事室に訪問し、以前から紹介していました「未来に伝えたい、薬都とやまの歌」のCDを贈りました。

CDの内容は、すでに何度か内容を紹介していますので省略しますが、

①昭和8年・「越中富山の薬屋さん」
作詞・松原与史郎 作曲・高階哲夫

②昭和11年・「廣貫堂音頭」
作詞・西條八十  作曲・中山晋平

③昭和12年・「富山売薬歌」
作詞・相馬御風  作曲・福井直秋

④昭和28年・富山市が歌詞を全国公募して制作した
「富山家庭薬の歌」作詞‣多木良介 作曲・黒坂富治

⑤昭和43年・「愛のともしび」 東芝レコード制作

の戦前3曲と戦前2曲等を一枚のCDに収録したものです。

知事には事前に訪問内容が伝わっており、会話はスムーズに進みました。
やはり、作詞・作曲者が一流の詩人や音楽家によって作られていることや、音源不明を復元したことなどに驚かれたり、薬業界がいかに富山県の産業界に大きな位置を占めていたかを改めて認識しておられました。

また、今日、富山のくすりが、県内の医薬品総生産額が、全国トップクラスになったのも、1兆円産業を目指す位置になったのも、その原点はやはり配置薬業にあることを話しました。
尚、知事は元気そのものでしたが、一層の活躍を祈念し「六神丸」を贈りました。

その後、厚生部長室に行き、市村仁志厚生部長と同席した木内哲平次長にも同様の話をして、それぞれにCDをお渡しして配置薬業への理解を深めて頂きました。

写真は知事室にてCDを贈る。
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(2020/01/18)

富山シテイエフエム出演

1月14日午後2時10分頃より50分頃まで、北日本新聞社8階にある富山シテイエフエムのスタジオで生放送の番組に出演しました。
話題は以前私のブログで紹介しました「未来に伝えたい、薬都とやまの歌」の CDについてであります。詳細は以前記していますので省略しますが、この1枚のCDに6曲収録されています。

①「越中富山の薬屋さん」昭和8年・作詞・松原与史郎 作曲・高階哲夫
②「廣貫堂音頭」昭和11年・作詞西條八十 作曲中山晋平
③「富山売薬歌」昭和12年・作詞相馬御風 作曲福井直秋
④「富山家庭薬の歌」昭和28年富山市が歌詞を全国公募 作詞多木良介 作曲黒坂富治
⑤「愛のともしび」昭和43年東芝レコード、歌・渚幸子
など6曲です。

戦前三曲、戦後二曲でしたが此の内①③⑤の3曲は音源不明のため、古い楽譜と歌詞から、滑川の女性合唱団「コール・あい」やピアノ・小善由美子さん 濱谷拓也さんの三味線や歌、太鼓、囃子の皆さん 音源収録のサン・ビデオの清水さんなど、多くの方々の協力で復元しCDが完成しました。それらはケーブルテレビでも放映されましたが、復元・収録の動機・目的・その経緯などについての話でした。

要は
{一}この素晴らしい曲をこのまま埋もれさせてはいけない。未来に伝えてゆかねばならない。
{二}このCDを業界の発展に活用できないか
{三}どの曲も作詞・作曲者が一流の詩人・音楽家ばかりである。1企業のコマーシャルソングなのにその作詞・作曲家招いて、知事が歓迎会を開くなど、当時の県内産業界に占める業界の位置が分かると思う。正に、配置薬業界全盛期である。

現在とは同一に比較は出来ないが、そこから何を学び、何を今後の業界発展に生かしてゆくか。それらがCD制作の意義である事を話しました。制作した200枚は薬業関係機関、行政、配置従事者等に配布されました。

丁度、出演前の午後1時30分より薬連ビル6階大ホールで配置薬業部会の全体会議が開催されましたので、その冒頭同様の話をしました。
歴史の中には、未来に花咲く種がある。業界に対しささやかな協力でしたが、このCDが業界の発展に役立つことを願うものです。



(2020/01/15)

阿波加蒼岳氏祝賀会 

筆一本 変幻自在に操りて 墨痕鮮やか 美の世界

1月13日12時より魚津市ホテルグランミラージュで抱山社{大平匡昭会長}による、富山支部長阿波加蒼岳氏の富山県功労表彰祝賀会と併せて富山支部新年のつどいが130名余の多数が出席し盛大に開催されました。
氏は書家として多年にわたり多くの優れた作品を発表されるとともに、関係団体の要職を務める中、後進の指導に当たるなど、書を通して芸術文化の振興に大きく寄与されたことが評価され、昨年秋の表彰になったものです。

祝賀会は、大平匡昭会長の挨拶から始まり、来賓として、石井県知事代理・須河弘美県生活環境文化部長、村椿晃魚津市長等々多くの祝辞の後、阿波加氏に花束贈呈、次いで本人より謝辞がありました。特に、抱山社の皆さんを始めとして多くの人に支えられ、激励、ご支援、ご指導を頂いたお陰であり、今後も微力ながら書道を含めた芸術・文化の振興に努力する旨の力強い謝辞がありました。笹原靖直朝日町町長の発声で乾杯があり宴に入りました。

途中、昨年の主な入賞・入選者の紹介やカラオケなど、和やかな雰囲気でアッという間の2時間でした。最後に、恒例の故・大平山涛先生が好んで口ずさまれたという「北国の春」と「星影のワルツ」を全員が手をつないで輪になって合唱し阿波加氏の更なるご活躍を祈念し散会しました。尚、不肖私は、抱山社富山支部顧問の立場で出席しました。

阿波加氏の略歴及び表彰歴の一部は次の通りです。
1948年滑川市田林生まれ
現在、滑川市美術協会会長・富山県美術連合会常任理事
   抱山社富山支部長 ・富山県書道連盟常任相談役
元・滑川市書道連盟委員長 元・富山県書道連盟委員長

表彰歴 
1994年 毎日書道展毎日賞受章。
1997年 日展初入選。
2001年 富山県展大賞受賞。
2005年 創玄展準大賞受章。
2006年毎日書道展会員賞受賞。
2010年には滑川市主催による阿波加蒼岳書展を開催され、迫力ある超大作から情緒豊かな多くの作品を発表され阿波加芸術の粋をたっぷりと堪能させて頂く機会もありました。
この様に、現在でも各種団体の重責を担い活躍しておられます。

写真は、冒頭挨拶の大平匡昭会長と謝辞の阿波加蒼岳氏
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(2020/01/14)

世界に羽ばたく薬都とやま大会

1月9日{木}午後2時30分より主催{一社}富山県薬業連合会による標記の大会が富山パレプラン高志会館で200名を越える多数が参加し開催されました。
第一部、主催者中井敏郎薬連会長挨拶に続き、薬事功労者表彰として県知事表彰3名、薬連会長表彰8名の表彰がありました。次いで、知事表彰を受けられた森田清秋氏が受賞者を代表し謝辞を述べられたあと、知事代理の市村県厚生部長より祝辞がありました。

その後、この度1枚のCDに5曲の富山売薬の歌
①昭和8年作詞・松原与史郎 作曲・高階哲夫
「越中富山の薬屋さん」
*高階は札幌時計台を歌った「時計台の鐘」の作詞・作曲をした人です。

②昭和11年作詞・西條八十 作曲・中山晋平
「廣貫堂音頭」

③昭和12年作詞・相馬御風 作曲・福井直秋
「富山売薬歌」
相馬は早稲田大学校歌「都の西北」や「カチューシャの唄 等々を作詞し福井は上市町出身の音楽家で武蔵野音楽大学の創始者であり初代学長でもあります。

④昭和28年作詞・埼玉県の多木良介 作曲・富山大学教授黒坂富治
「富山家庭薬の歌」
*富山市が歌詞を全国公募し作られたものです。

⑤昭和43年「愛のともしび」

の5曲から①と③の2曲をCDの収録に出演して頂いた滑川の女性合唱グループ「コール・あい」代表・高木悦子さん ピアノ・小善由美子さん総勢18名で歌って頂きました。

いづれも音源不明のため、古い楽譜と歌詞から起こして、さぞかし苦労が多かったと思います。最後に、「会津磐梯山」が披露されました。
CDとは違い、生の声には迫力があり大きな拍手が起きました。改めてCDに携わって者として大変良かったと思いました。
この様に超一流の詩人や音楽家によって作られた当時の業界は正に全盛期であった。それはなぜか 今の我々はそこから何を学ぶのか、そしてそれを未来に伝えてゆく中で、このCDをどの様に生かしてゆくかを考える機会になれば幸いと思います。

第一部終了後、製薬企業を対象として「医療現場ニーズを捉えた製剤技術展開による医療貢献」と題し、(株)NBMプランニング代表取締役社長、熊本大学客員教授、熊本大学薬学部先端薬学教授の菊地正彦氏による講演。また、配置・一般対象として「ぼける生き方、ぼけない生き方」と題し、{特非}日本成人病予防協会専務理事・安村禮子氏の講演が2会場に分かれ開催されました。

私は、配置の方に出席しましたが身近なテーマであり一同熱心に聞き入っていました。終わりに、この大会が開けるのも、富山県の医薬品総生産額が全国1-2位を争う位になったのも、やはり「富山のくすり」原点は置き薬、すなわち売薬にあることを改めて感じました。

写真は「コール・あい」の皆さん
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(2020/01/10)

薬神神社歳旦祭

1月8日、恒例の薬神神社歳旦祭{主催・石倉雅俊奉賛会会長}があいにくの雨の中、関係者約30名が集まり横川宮司のもと厳粛な中にも滞りなく行なわれました。
当日は天候不順の為、社務所の中から薬神神社に向かって祝詞奏上、玉串奉奠などが行われました。

来賓は、市より藤田産業民生部長、原市議会議長、大門県議会議員、杉田商工会議所専務理事、
澤崎加積雪島神社総代等を始め、配置販売業者、市内製薬会社など順次玉串を捧げ1年の商売繫盛、家内安全を祈願しました。
引き続き直会に移り、石倉会長挨拶、来賓の祝辞などの後、懇談に入りました。
昨年の出来事や今年の抱負をそれぞれが語り合う中で、薬神神社の祭神が誰であるか知らずに参拝したいる、などの意見が出たことから、石倉会長から、神社の由来を記した立て看板を設置することが提案され了承されました。

参考まで、祭神は、神農、少彦名命、大己貴命の3体が合祀されています。
昭和31年10月8日建立。

写真は玉串奉奠する本人
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(2020/01/09)

厚生労働大臣表彰

澤井真人氏(山形県医薬品配置協議会会長・66歳)は昨年秋、令和元年度薬事功労者表彰厚生労働大臣表彰の栄に浴されました。祝賀会は既に山形市で行われましたが今回は、滑川の薬業人有志で、1月7日レストラン光彩で開催されました。

氏は、滑川市常光寺出身で、現在、山形県東田川郡庄内町に居を移し、現地の人を雇用し営業をしておられます。氏は、滑川薬業青年部で活躍後、平成2年には全国配置薬業青年連合会会長を始め、平成18年から11年年間山形県協議会副会長、同29年から会長に就任され現在に至っています。この間、多年にわたり山形県民の保健衛生向上に尽力されるとともに、医薬行政の推進に寄与された功績が評価され表彰に繋がったものと思います。

特に、感心するのは、氏は山形県に居を持ちながら、滑川に家族がおられることから常光寺町内会長を数年前まで務めておられたことです。専業で出張が多い現役の売薬さんが地元の町内会長を務める方は私は、余り聞いたことはありません。野球の大谷翔平選手のように正に二刀流を見事にこなされたと思います。

関係者20名ほどでしたが、氏の表彰をお祝いし、更なるご活躍を祈念しました。

写真は挨拶する澤井真人氏
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(2020/01/07)

迎春

大いなる 闇うごきだす 去年今年 桂 信子 

令和元年{2019}は既に地平線下に沈み、ここに輝かしい令和2年{2020}の陽は昇りました。
さて、今年の干支は「子」「庚子」{かのえのね}七赤金星{ななせききんせい}の年です。ご存知の通り、干支は「子、丑、寅、卯、辰、巳、午、未、申、酉、戌, 亥」の十二支と十干「甲、乙、丙、丁、戊,己、庚,辛,壬,葵」の組み合わせが干支です。
十二支は12種類の動物の名前が充てられていますが、これは庶民にも分かりやすいように、後付けで動物の名前を当てたと言われ60通りの干支があります。「庚子」は60年に1度しか回ってきません。庚は「金の兄」{かのえ}と書き、「更」の象で、更新を「子」は「滋る」を意味し、潜在力があることを意味します。「七赤金星」はズバリ「お金」のことです。

60年前、「庚子」の年は1960年{昭和35年}は安保条約改正で岸内閣が退陣し、池田内閣が所得倍増計画を掲げ、高度経済成長へとスタートしました。また、「子」は十二支の最初です。120年前、1900年{明治33年}は20世紀に向けて更新の時期でした。
「七」は、方角的には「西」を指します。{恵方}季節は秋です{稔りの秋}「赤」は「火」であり金属を溶かす「炉」をも意味するとこから「火災」「滋波」「伝導」「太陽」などを暗示しています。それ故、「七赤金星」の年は火災や農作物に被害が発生する年とも言われます。いづれにしても、今年は、「一時代が終わり、新しい時代へ」それが「庚子」の年と言われます。「当たるも八卦、当たらぬも八卦」です。

五輪、パラリンピックがあり、終われば総選挙が囁かれ果して、政治は、経済はどうなるか。そんな中、元旦は地元の加積雪島神社{祭神・大山咋貴命}薬神神社{祭神合祀・神農・大己貴命・少彦名命}引き続き上市町、大岩山・日石寺の不動明王を初詣として参拝してきました。
それにしても、子供の頃は、正月から次の正月まで実に長く感じました。しかし、この年齢になると、一日が早い、一週間が早い、一か月が早い、一年が早い、10年が早い、ゆえに、「元旦や、かならず来るぞ 大晦日」そんな思いで1年を送りたいと思います。

写真は、初詣で賑わう大岩山・日石寺と6本滝
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(2020/01/02)

未来に伝えたい「薬都とやまの歌」

かねてより進めていた一枚のCDが完成した。題名は表記の通り。
これは、8月1日が語呂合わせで8と1で「はいちの日」と認定されたことで、この機会に置き薬をPRするものがないだろうか、と思った時、以前配置薬業に関するレコードがあることを思い出した。
しかし、50年も前のことである。野山のリスが落ち葉の中から木の実を探し出す様なもので苦労した。県立、市立図書館、博物館、資料館訪ね歩く内に、意外にも5曲あることが判明した。

▼戦前3曲
①越中富山の薬屋さん{昭和8年}
②廣貫堂音頭{昭和11年}
③富山売薬歌{昭和12年}
▼戦後2曲
④富山家庭薬の歌{昭和28年}
⑤愛のともしび{昭和43年}
以上5曲

①は作詞・松原興史郎、作曲・高階哲夫である。
松原は富山市出身、民謡詩人として多くの詩集を出している。
高階は滑川出身の音楽家。ご存知の札幌の時計台を歌った「時計台の鐘」を作詞・作曲した。
また、島崎藤村、北原白秋、佐藤惣之助、サトウ・ハチロウ等々と組み数々の名曲を残した。唯、誰がどんな目的で制作したかと音源は不明。楽譜,歌詞あり。

②作詞・西條八十・作曲・中山晋平、唄・三島一声。
西条・中山は説明するまでもないと思う。
昭和41年発刊「広貫堂のあゆみ」によれば、「当時、西條八十は読売新聞に連載物語を出筆中であり、9月15日読売の飛行機で富山歩兵第35連隊の練兵場に飛来した。当時の矢野兼三富山県知事は両氏の招待宴を開くなどした。」と記している。
また、作詞・作曲者は違うが、この当時,社歌を作ったり、廣貫堂音楽隊もあったというから、まさに、「薬都とやま」の「雄」たる自負、誇り、勢いを感じさせる。廣貫堂資料館にSP盤よりCD化され保管されている。

③作詞・相馬御風、作曲・福井直秋、唄・新城一郎
相馬御風は糸魚川市出身。早稲田大学校歌「都の西北」「カチーシヤの唄」{島村抱月共作}や三木露風、野口雨情、等とも親交を持った詩人・歌人・文芸評論家。福井直秋は中新川郡上市町出身の音楽家。
武蔵野音楽大学の創始者であり初代校長である。千曲以上の音楽作品を残している。
発注は、富山県売薬同業組合{荒木甚助組合長}楽譜・歌詞あり。音源不明

④作詞・多木良作、、作曲・黒坂富治
昭和28年3月富山市が富山の薬に関して歌詞を公募した。1等1篇金5千円、佳作2篇金1千円の賞金付である。
その結果埼玉県浦和市の多木氏の作品が選ばれた。氏の略歴は不詳。黒坂は下新川郡朝日町出身。富山師範卒業。富山大学教授。県内の小中学校校歌70曲以上作曲。富山県の教育界に多大の貢献をした。
発注は富山市。楽譜、歌詞あり。音源は不明

⑤作詞・志賀大介、、作曲・森 真、歌・渚 幸子、発売は、東芝レコードであるが、資料によると依頼は廣貫堂の組織下にある東廣会{酒井清隆会長}とあり、それぞれの略歴は省略する。

さて、この中で①③④は音源は不明のため、古い楽譜と歌詞から復元した。この為、合唱グループ・コール・あい。ピアノ・小善由美子さん。三味線・濱谷拓也・藤本秀君保社中。
収録・サン・ビデオの皆さんには本当にありがとうございました。その後、射水市在住の加部聰氏より③のオリジナル・レコードを保有しているなど③に関する貴重な情報が寄せられ随分参考になりました。
これにより③は加部氏の原曲からと復元したものと2曲を入れて計6曲納めました。今回、公的機関などに埋もれていた5曲を見つけた時は、正直新鮮な驚きと感動を覚えました。特に、戦前の3曲は当代一流の詩人や音楽家によって作詞・作曲されていることです。これをこのまま埋もれさせてはならない。

「歴史とは、過去から現在まで貫いた時間の流れである。歴史と伝統は一体のように思うが、歴史は、時代時代に発生したあらゆる事象を正しく伝えるものとして必要であり、伝統は人間が生活の上で必要とされるものであり、いわゆる生活文化が時と共に次世代に受け継がれてゆくものである。」そう思った時、今や、富山県の医薬品総生産額は全国トップクラスになっているのも、原点はこのようなレコード制作にかけた先人たちの努力であり、汗であることを改めて思った。
尚、今回の調査で5曲が確認されたが、これ以外にもあるかも知れない。あれば教えて頂きたい。

今度は、令和の時代に相応しい配置業界の曲が出てくればと思います。

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(2019/12/18)

歳末恒例「民謡の集い」

一年を 包む風呂敷 年忘れ

12月1日、新川文化ホールで魚津郭声会{竹氏 修代表]主催の歳末助け合い「民謡の集い」が午前10時30分より午後4時まで盛大に開催されました。当日、私は午前中「夏井いつき句会ライブ」のため午後から鑑賞しました。
特別ゲストとして名古屋から東北民謡を全国に広めようと活躍中の、浅野美和子ご一行を迎え、特に、津軽三味線の中村滉己さんのバチさばきとその音色には惚れ惚れしました。
また、北鬼江獅子舞保存会の勇壮な獅子舞いも披露されました。修コーナーでは、年齢を感じさせない艶のある声で聴衆を魅了しました。郭声会メンバーの1年の総決算、日頃の練習の成果を遺憾なく発揮された「民謡の集い」でした。

12月8日富山市婦中ふれあい館で歳末恒例・長岡すみ子の会・チャリティーショーが午後1時から4時まで盛大に開催されました。
特別ゲストとして、尺八・平林火山、琴・桂 博子の両氏に加え友情出演として、尺八・小熊昭良、踊り・筏井豊華城と華の会、梅津千恵子と千鳥の会・それに、長岡すみ子の会員など多数の出演者によるまさに「唄と踊りの祭典」でした。
また、以前もお聞きしたのですが、尺八の平林火山さんは、名前が火山ですから激しい演奏かと思いきや意外にもソフトな感じで、北島三郎の「与作」を桂さんの琴とのコラボレーションで演奏されました。尺八の音にうっとりし、琴の琴線に触れたひと時でした。最後に「長岡すみ子の世界」と題し、歌謡曲あり民謡あり踊りありの楽しいひと時でした。

さて、竹氏さんと私は、長年の知人、長岡さんと私の妻とは、滑川高校時代の同級生であり同じクラスであったことから、今日までお付き合いがあり、この時期いつも声をかけて頂き有難いことです。
このお二人を見ていると、目標や夢を持っている人は、何処か輝いている。お二人からそんな姿を見せてもらい元気を貰った思いでした。
尚、収益金は台風や水害の被災地などに、義援金として贈られるそうです。

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(2019/12/09)

夏井いつき俳句ライブ

手鏡に いっぱいの顔 豊の秋 (最優秀賞)

12月1日、10時30分より12時50分まで西地区コミュニティーセンターで、夏井いつき俳句ライブが開催されました。
当日は、会場ほぼ満席状態の約300名の入場者でした。テレビ「プレバト!!]で見る通り、言語明瞭、意味明瞭で分かりやすく、楽しく、面白い内容のライブでした。

俳句集団「いつき組」組長と自ら名乗り、誰でも組員になれると笑いを誘い2時間20分立ちっぱなしで、しかも水一滴も飲まないのには、驚きました。
そして、5分で出来る1句として「5音の季語」+「季語とは関係ない12音のフレーズ{俳句のネタ}」を入れる例を解説し、会場最前列にいた男性を指名して、今朝何を食べてきましたか、との問いに男性は、パン一枚食べた、と答えると、俳句のネタの前に季語を入れれば出来上がる。
そこで、ネタの前に季語を入れ「冬うらら、朝パン一枚食べました。」これで出来上がり。

季語をかえて、「年の暮れ、パン一枚食べました。」こうすると、又違った俳句になることを平易に説明されたあと、参加者約250名が投句しました。
これを、夏井さんが皆さんの前で10句程秀作を読み上げられたあと作者の名を伏せて 、7句を特選句として発表されました。

①陣痛で 駆ける立山 夏の宵
②冬うらら えんぴつ黒く 紙広く
③木枯来 鏡の中の 深い溝
④雪の朝 響く父の音 僕の悔恨
⑤手鏡に いっぱいの顔 豊の秋
⑥あかあかと 在ろうよ晩年 からすうり
⑦冬の蝶 留学の娘の メール

この7句のうち、会場の人々の拍手の大きさで標記の⑤が最優秀賞に選ばれました。
さて、12月1日付北日本新聞26面一面をさいて次の記事が掲載されました。

「五七五に救われる」--富山から俳句の聖地へ--

富山県出身の俳人、岡田一実夫婦が愛媛県松山市に移住し、俳句を通じて交流があった夏井さんが、自身のイベントの打ち上げ会場を結婚披露宴会場として提供してくれた。
会を仕切ってくれた夏井さんからは「貧乏な主役よりも、立派な服を着てくるな」というお達しがでた。夏井さんの案で、新郎新婦の希望のリストに合わせ、参加者が自宅から不用品を持ち寄ってくれた。
そのプレゼントを題材にした俳句も提案してくれた。二人は聖書ではなく、歳時記に手を載せて、俳句の神様”に愛を誓い合った。
{一部抜粋}

こんな微笑ましい記事が掲載されました。夏井さんの俳句ライブの当日、新聞に掲載されるとは不思議な縁です。
私は、控室で夏井さんに新聞をお渡ししたところ、新聞に掲載されることは知っていたが、まさか今日とは、彼女もとても驚いて、帰ったら岡田さんに記事をお渡しするとのことでした。

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(2019/12/02)

練士審査視察

継ぎ目なき 天一枚 江戸の秋

11月16日の東京は本当に曇一つない素晴らしい青空が、一日中広がっていました。何処かに、雲の欠片でもないかと探しましたがありませんでした。そんな秋晴れの下、16日と17日の二日間にわたり、明治神宮外苑にある全弓連中央道場と隣接する至誠館弓道場の2会場で「関東地区」練士臨時中央審査が行われました。

至誠館弓道場は、明治神宮鎮座50年を記念して昭和48年10月10日明治神宮武道館として柔道、剣道場として開館し、その後、弓道場が増築され今日に至っています。その隣接地の中央道場は平成12年5人立ち2会場と遠的場を併設した立派な道場です。
特に、近的射場{28m}の的場の後ろに遠的{60m}の的場があります。そして、この手前の近的の的場が電動式で約20分で90度可動し遠的場が現れるという素晴らしい道場です。

さて、今回の視察は、全弓連の監事、理事、評議員が11月10日と今回の2日間の3回の内、本人の都合に合わせ視察するものでした。
私の場合日帰りで16日午後1時より3時半頃まででした。16日、17日の2日間の受審者合計は約800名で内、女性は33%程でいずれもその多さに正直驚きました。神宮外苑の鬱蒼とした木立のの中、小鳥のさえずりだけが聞こえる静寂と緊張感漂う雰囲気は独特のものです。審査は行射と学科です。

私は、約800名程の受審者の内、僅か60名程、約2時間30分程の短い視察でしたが貴重な機会でした。そして弓道は高齢者でも親しめるスポーツである事を再確認する機会でもありました。

審査員の範士の先生方も早朝より、長時間本当にご苦労様でした。
夜9時過ぎ、時雨模様の滑川に安着しました。

写真は、全弓連中央道場と審査風景

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(2019/11/18)

生涯学習カレッジ

くにめぐり 山々見れば ふるさとの 越の立山 たぐい希なり (山田孝雄)

11月7日{木}午後2時から4時まで富山駅前CiCビル5Fで富山県生涯学習カレッジ富山地区センター主催による・人生100年時代特別講座の中で、とやまの魅力ー引き継ぎたい富山の心と文化‐「先用後利の精神と売薬」と題し講演しました。
当日は受講者42名{男29人女13人}年代構成は50代1人、60代7人、70代22人、80代11人、不明1人でした。
それにしても、この年代で学ぼうとする意欲は大したものです。

学習とは自らの意志で学び、習うことです。教育とは誰かに教え育ててもらうことです。
幕末の儒学者・佐藤一斎の「言志四録」に「少にして学べば,壮にして為す。壮にして学べば老いて衰えず。老にして学べば死して朽ちず。」を引用して、受講者各位に敬意を表しました。

講演内容は、いつもの通り、富山売薬の起源から、明治維新後の洋薬礼賛、漢方排斥や売薬印紙税導入の嵐の中でも、売薬商人たちの手によって明治11年仲間達への融資と財産を保持する為「富山第123国立銀行{現北陸銀行}」を設立、更に26年売薬商人達の献金で「共立富山薬学校{現富山大学薬学部}」が開設された。
また、30年には「富山電灯会社{現北陸電力}を設立し、32年には大久保発電所を建設して北陸初の自力発電を図った。また、35年富山売薬信用組合{現富山信用金庫}を立ち上げたほか、売薬業に関わる業種{保険・出版・新聞・印刷・容器製造}などの会社設立にも力を注いだ。

今日、富山県経済の中心的役割を担っている北陸銀行や各地における信用金庫などを設立するなど、苦難を乗り越えたばかりか、新しい時代の流れに対応して富山県近代化への基礎を築き、それが今日もなお脈々と生き抜いているのであり、越中売薬は330年余りの歴史を有しますが、この間、幾度も明治時代のような存亡の危機に直面しました。
しかし、その度、先人達は一致団結して、知恵を働かせ、汗と涙で切り拓いてきたことを紹介しました。

講演会終了後、主催者より短冊に何か言葉を書いて欲しいと言われ次のように書きました。

高らかに 学びの道を 求めつつ 咲くは 豊かな心なりけり

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(2019/11/08)

岡本仁氏叙勲祝賀会

初雪の 高嶺を裂きてみ空より 紅葉の中に 落つる大滝
(昭和11年秋 称名滝にて 川合玉堂)

紅葉前線が北から南へ、山から里へ下りてくる中、令和元年春の叙勲で、旭日双光章受章の栄に浴された岡本仁富山県弓道連盟会長の叙勲祝賀会が11月3日{日}午後5時より富山第一ホテルにおいて200名を超す多数の出席者のもと盛大に開催されました。
鍋田恭子さんの司会で始まり、最初に発起人として、{公財}中野秀也全日本弓道連盟前会長が岡本会長の弓道界での要職を紹介し、その功績を讃えた祝辞でした。
次いで、岡本会長が今年3月まで勤務していた新田八朗日本海ガス絆HⅮ株式会社取締役社長も発起人の一人として祝辞をを述べられ、特に新田氏が社長に就任した時、最初の人事で岡本会長を常務取締役に就任させその後、副社長、常勤相談役{平成31年3月退社}まで社長をよく補佐してくれたこと。そして、その信頼の厚さを話ながらお祝いの言葉とされました。

来賓祝辞は、中川忠昭県議会議長、県教育委員会から荒井克博氏から、それぞれの立場で祝辞がありました。
次いで、二人のお孫さんから岡本ご夫妻に花束贈呈があり、本人の挨拶がありました。50年の弓歴を振り返り、今日まで弓道を続けてこれた中で、県弓連や全弓連の運営にも携わり貴重な経験ができたのも県弓連や全国の弓友の皆様の温かいご指導と応援、また会社のご理解、加えて、家族の支えがあったからこそと、感謝の言葉がありました。
引き続き、今後とも弓道の発展に尽力する旨の決意がありました。次いで、柴田猛全日本弓道連盟元会長の乾杯で祝宴に入りました。入る早々、孫の岡本琉依ちゃん{8歳}のかわいい日本舞踊があり次いで、岡本会長の「巻藁謝礼」が披露されました。

和気あいあいに進んだ祝賀会も中締めとして不肖私が一発締めを行い、髙橋芳邦県弓連副会長の閉会の挨拶で2時間半にわたる祝賀会は盛会裏に閉じました。
実は、岡本会長の奥さんも弓道人で、結婚しても弓を続けておられ、子どもを弓道場へ連れてこられ練習をしておられる姿を度々拝見していました。岡本会長は年間約150日余り、県弓連や全弓連の行事で家を留守にしておられましたが、これを支えたのはやはり奥さんの理解です。
それは、奥さんが弓道人であったからこそと思います。内助の功に感謝、感謝と思います。

<岡本会長の略歴>
昭和22年4月1日生。富山大学工学部卒業。
昭和45年弓道を始める。平成5年3月県弓連理事長。平成23年3月・県弓連会長{現任}
平成27年5月 令和元年8月・{公財}全日本弓道連盟副会長、専務理事。平成18年5月・国際弓道連盟理事{現任}
平成26年1月 富山県武道協議会監事{現任}
平成27年9月 国際武道大学名誉客員教授{現任}
平成30年4月 富山大学体育会弓道部師範{現任}
       現在・弓道教士6段
昭和44年4月 日本海ガス株式会社入社
平成5年3月  日本海ガス株式会社常務取締役・専務取締役
平成19年3月 代表取締役副社長
平成24年3月 取締役・常勤相談役・平成31年3月退社。

写真は、花束贈呈・本人挨拶・巻藁謝礼

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(2019/11/04)

正倉院展

化粧塩 まぶすや 反りし 子持ち鮎 (高嶋学人の句)

東京国立博物館で10月14日から11月24日まで、前期、後期と2回に分けて、ご即位記念特別展「正倉院の世界」―皇室がまもり伝えた美―が開催されており、鑑賞してきました。
丁度、10月24日、25日に全日本弓道連盟理事会が開催され、それに合わせて鑑賞したのですが、私の楽しみの一つに、上京の際に博物館や美術館を鑑賞することです。時、同じく奈良でも恒例の正倉院展が10月26日から始まりました。
東京と奈良と同時開催は始めてだそうです。ただ、今回の東京では、明治維新後吹き荒れた廃仏毀釈の嵐の中で、宝物の散逸を恐れた法隆寺所蔵の秘宝が明治11年{1878}法隆寺から皇室に献納され、昭和22年{1947}国に移管された法隆寺献納宝物もともに展示してありました。

ご存知の通り、正倉院宝物は、聖武天皇愛用の品をはじめとした数々の品々が光明皇后によって東大寺に献納された文化財です。そして、日本を代表する文化財がこれ程の規模で同時に公開されたことは、過去に例外がないという。
これらは共に、皇室の保護のもと約1300年守り伝えられたかけがえのない、日本の美、悠久の美、天平の美であり、たっぷり鑑賞してきました。数年前、奈良での正倉院展で鑑賞したルリ色がとても素敵な瑠璃杯は展示してありませんでしたが、世界で唯一現存する聖武天皇愛用の「螺鈿紫檀五絃琵琶」にも再び鑑賞する機会にもなりました。
特に、今回この琵琶を正確に復元するため,金工・木漆工などの日本を代表する人々によって、実に8年の歳月を要し,精工に復元された同琵琶が展示され、復元作業風景や五絃琵琶の音色がビデオで流されていました。

また、以前、国立京都博物館で「正親町天皇宸翰消息」書簡{重文}を見ましたが、それは、正倉院に伝わる有名な香木「蘭奢待」を織田信長が強引に木片を切り取った有名な事件を時の正親町天皇{1517-1593}が苦々しい思いでしたためた書簡でした。
まさに、天下人が切望した香木「黄熟香」{蘭奢待}そのものが展示してありました。加えて信長以外に、足利将軍や明治10年大和に行幸した明治天皇も切り取った跡や「蘭奢待」の3文字に東大寺の3文字がある。蘭の中に東・奢の中に大・待の中に寺があることも解説してありました。先人の智慧に驚きます。

いずれにしても、飛鳥・奈良時代という約1300年も前にシルクロードを通し、実に国際色豊かな時代であったかを感じます。

尚、久し振りに24日、東京赤坂富山会館で厚生労働省の方々と懇親会を開催し、和気あいあいに楽しいひと時を過ごしました。

写真は、東京国立博物館前と厚生労働省の方々です。

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(2019/10/26)

金田正一氏逝く

プロ野球で歴代最多の400勝を達成するなど「史上最高の投手」と呼ばれ、ロッテで監督も務めた金田正一氏が10月6日86歳で亡くなった。
入団2年目の1951年9月の阪神戦で無安打無得点試合を達成し、1957年8月の中日戦で完全試合を記録するなど、14年連続で20勝以上をマーク。1956年から3年連続で沢村賞を受賞し、最多勝と最優秀防御率は各3度、最多奪三振は歴代最多で10度獲得。
1965年に巨人に移籍し、1969年で現役を引退。400勝と298敗、投球回数5526と3分の2、4490奪三振などは、いづれも歴代1位、開幕投手は史上最多の14度、打撃にも優れ、通算38本塁打、177打点を挙げた。オールスターゲーム出場17度、1973年からロッテ監督に就任、1974年にリーグ優勝と日本シリーズ制覇を達成した。

1988年に長嶋茂雄氏と共に、昭和生まれで初となる野球殿堂入りを果たした。特に、1958年の長嶋茂雄氏のデビュー戦で対決し、4打席4三振に打ち取ったことは余りにも有名な話である。
古今、プロ野球界最高のエースは❓に、野村克也氏は「左投手なら金田正一、右投手なら稲尾和久」と断言している。不滅な記録を数々達成した。引退後は、日本プロ野球名球会を設立し、代表幹事も務めた。

滑川市制50周年記念事業の一つとして、名球会による野球教室を2003年{平成15年}8月23日本市で開催した。
この時、来滑したのが金田正一氏、元中日監督、権藤博氏、元巨人、柴田勲氏、元近鉄、鈴木啓示氏、元ロッテ、有藤通世氏であった。そうそうたるメンバーである。そして、球場や歓迎レセプションでの私の挨拶を聴いていて金田氏は「ノー原稿での挨拶は初めて聞いた」と褒めて頂いた。多分にお世辞だったにせよ冗談も交えしばし歓談したこたを思いだす。

私の肩に手をかけて写真を撮ろうと言ったり、実に豪放磊落な人でした。そんな中にも、プロ選手の資本は身体。旨いからと言って、沢山食べれば良いというものではない。を含め、健康管理の重要性を話しておられたのが忘れられない。
たった一度の出会いでしたが、私にとっては、思い出の一人の人が去ってゆく。寂しい限りである。
心からご冥福をお祈りいたします。

写真は、金田氏以外は、有藤、権藤、鈴木の各氏
2003年{平成15年}8月23日 レストラン光彩にて

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(2019/10/07)

同窓会連絡協議会

10月3日{木}富山県立工業課程高校同窓会連絡協議会{宮本光明会長}の10月定例会が午前10時より、魚津工業高校会議室で開催されました。これは県立高校の中で、工業課がある高校で、桜井高校{土木課}魚津工業高校、滑川高校{薬業課}、富山北部高校{薬業課}、富山工業高校、高岡工芸高校、砺波工業高校の7校の同窓会で構成され、教育内容や、施設の整備等々に意見交換を行うことを目的に結成されました。

5月は総会。10月定例会が各校の教育風景や施設などの見学を行い、併せて市内の企業を見学をしています。今回は、魚津工業高校の各科実習室の授業風景や実習棟及びトレーニングルーム等を視察しました。学科は機械科、電気科、情報環境科からなっています。同校は、昭和25年4月、県立魚津高校に電気課程、工業化学課程、機械課程が設置されましたが、昭和47年4月1日工業高校の単独校として魚津工業高校が創立しました。生徒数は令和元年5月現在、在籍生徒数470名。内、女子13名これには驚きました。
進路状況は就職70.3%進学28.4%、就職先は殆ど呉東地区の企業だそうです。新川地区に一校しかない工業高校としての役割はやはり大きいものがあると思います。

次いで、1887年{明治20年}足袋の製造から始まり創業132年を数え、今日まで、時代や流行が移り変わっても「ものづくり」へのこだわりは、時流に流されず、進化を続ける,オーアイ工業株式会社を見学しました。玄関で大愛高義代表取締役社長直々のお出迎えを受け、会議室において、ご本人より直接会社の概要説明を頂きました。

資料では、オーアイ工業は、明治20年「愛宕屋」の屋号で足袋販売を開始し、その後、ストッキングの一貫生産に着手して、2017年に創業130年を迎えた。
魚津市で産声をあげ、この地でお客様の為のものづくりを常に品質第一を掲げ歩み続けてきた。
そして、経営理念は
〇お客様のために
〇地域社会のために
〇社員のために
を、モットーにしているとのことでした。

特に、社員の70%、を占める女性に働きやすい環境を提供したいことから、県下に先駆けて1993年{平成5年}社内に、0歳児から無料で預かる事業所内託児所を開設。17名が最多であったが現在は3名でした。
そして、製造工程の見学は①企画・設計②編立工程③製造工程④染色工程⑤セット工程⑥検査・包装・完成。の一貫生産工程を見学しました。いづれにしても、有意義な定例会でした。

写真は、定例会と大愛高義社長

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(2019/10/04)

第56回琵琶演奏会

9月29日{日}午後1時より、錦心流琵琶・全国一水会富山支部{杉本紫水支部長・中屋一博後援会長}の第56回演奏会が、JR富山駅前、県民小劇場オルビスで開催され、琵琶独特な哀調を帯びた琵琶の調べに乗せて、14名の方が語りました。

いつも、思うことですが、演奏曲の内容は、殆ど歴史的故事によるものです。親子や兄弟など肉親の絆、友との友情や世の無常など、昨今の世の中に失われている重要なことを示唆しています。賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ。この演奏会の中から、私自身も、今の教育の中に必要な多くのことを学びました。

演奏曲目・演奏者は次の通りです。
①青葉の笛・伊藤恭章
②菅公・加納千恵
③湖水乗切・松田恵水
④屋島の誉・有澤結水
⑤新曲・川中島・島田進水
⑥雪晴れ・吉崎楓水
⑦勧進帳・金沢支部・中居凛水
⑧特別出演・本部副会長・酒田支部・池田青水
⑨俊寛{下}・高堂隴水
⑩敦盛・安井緑水
⑪五条橋・嶺 瑛水 
⑫本能寺・金沢支部長・増泉友水
⑬天野屋利兵衛・福井支部長・内田景水
⑭耳なし芳一・富山支部長・杉本紫水

の皆さんでした。
今回は、本部より池田副会長を始め・金沢支部、福井支部よりもご参加いただき、花を添えて頂きました。
琵琶の魅力は何と言っても、音色であり、魂に訴えかけるような響きだと思います。
三時間半に及ぶ長時間の演奏会にもかかわらず、100名を超すご来場者の殆どの人が最後まで席を立たずご鑑賞を頂き本当にありがとうございました。

琵琶教室は次の通りです。
ご希望の方は、稽古日、時間などご相談に応じます。
杉本紫水・〒/936-0027・滑川市常盤町31/tel・076-475--3568
嶺 瑛水・〒933-0066・高岡市春日丘725-2・tel・0766-24-1791
高堂隴水・〒930-0235・中新川郡立山町榎19-4・tel・076-463-2177

写真は、挨拶する私と杉本紫水支部長の演奏。

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(2019/10/01)
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