詩を書かん 君墨を磨れ 今朝の春 漱石
1月12日魚津市ホテルグランミラージュ-天翔の間で抱山社富山支部{支部長・阿波加蒼岳氏}の「新年のつどい」が盛会裏に開催された。当日は今冬最強の寒波が日本列島襲来との予報が出ており、心配しましたが左程の影響もなく予定通り開催された。
まず、開宴前に「にいかわ学びの森」ゆかりのトロンボーン奏者、新山久志氏、ピアノ奏者、柏原友美氏によって、ウェルデイの「乾杯」からアンコールを含め、「上を向いて歩こう」「見上げてごらん夜の星」など馴染みのある5曲が素敵なトロンボーンによって、演奏され会場の雰囲気が盛り上がりました。
その後、「新春のつどい」に入り、阿波加会長が挨拶に立ち、抱山社・会長大平匡昭氏から大雪警報等発令中などを考慮し止むを得ず欠席の連絡があった。しかし、今日のため大平会長より、父である大平山涛先生が平成19年{2007}9月9日、91歳でご逝去され、同年11月県立水墨美術館で開催された時、追悼「大平山涛展」に発行された図録が出席者に配布された経緯を説明後、阿波加支部長は、山涛先生は自身の作品について「自然に育まれた感性により、書のイメージを膨らませ、その心のふるさとを表現する時は、私はそれを意識していないが、身体の中に入って蓄積されたものが、無意識のうちに作品に現れるだろう」を引用し、私たちも先生が愛してこられた立山連峰や日本海を毎日眺めていますが、この感性を脈々と受け継ぎ、素晴らしい環境が知らず知らず身体にしみつき、意識しなくても作品に現れるような書を目指し頑張っていこうー。と話したあと、昨年の各種展覧会での入選、入賞者に祝意を述べ更なる精進を促された。
次いで来賓挨拶は、水野滑川市長、広田新川文化ホール館長、釣谷北日本新聞社新川支社長の後、不肖私が乾杯の音頭を取りました。当初固辞しましたが、私が幼稚園児から小学2年生まで,約4年間山涛先生に教わったこと。そのご縁がきっかけで、東京の中野の私邸を訪ねたこと。文化功労者受賞祝賀会に出席したり、ご逝去の折、朝日町での町民葬や東京でのお別れの会にも出席していたことなどから、会の顧問になってていることもあり指名されたものと思います。ただ、残念なことは小学生以降今日まで書を続けていたら、もう少しは上手な「字」を書けたのに・・・とつくづく思います。
1月12日は成人の日でもあり、まだお正月気分が残っている中での「つどい」でしたから会場は賑やかな雰囲気でした。
最後は鈴木孤雲氏の閉会の挨拶でお開きとなりました。
写真は、阿波加支部長・挨拶。来賓の水野市長。乾杯の私。
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