なかや一博 ブログ

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滑川高校同窓会入会式

春の苑 紅匂う桃の花 下照る道に 出で立つ乙女  大伴家持

3月1日{木}滑川高校3年生234名の同窓会入会式が卒業式の前日行われました。これは、本校の卒業生が卒業と同時に同窓会の一員になることを自覚し、誇りと自信を持ってこれからの人生を歩んでほしい。そんな願いも込められていると思います。

それを感じるのは、例えば、プロ野球ロッテ球団の石川投手が活躍しているニュースに接したりする時です。直近で言えば、平昌オリンピックスノーボード女子スロープスタイルとビッグエアの2種目に出場したのが本校出身の広野あさみさんです。でも、ほとんどの人は彼女の存在は知らなかったと思います。しかし、それを知った時、生徒諸君は歓喜したそうです。母校、同窓会、故郷とはそんな存在なんだろうと思います。目には見えないけれど、人それぞれの心の拠りどころとして、生き続づけるものです。

そして、私は、挨拶の中で平昌オリンピックのメダリスト達の話を紹介しました。

①羽生結弦選手
「私は、昨年11月9日    NHK杯公式練習での怪我がなく、順風満帆でオリンピックに出ていたら、今日の金メダルはなかったと思う。」つまり、怪我をしたことによってから多くのことを学び、人として一回り大きくなったとの意と思います。

②小平奈緒選手
与えられるものは有限。自分から求めるものは無限。メダルは私が戦ってきた証であり、皆さんに支えてもらった証。好きな言葉は求道者、情熱、真摯
つまり、色々な人からアドバイスや支援を受けても有限である。しかし、一つの道を極めようとする情熱や真摯な姿勢があれば無限である。そんな意味かも知れません。

③広野あさみ選手
オリンピック出発前、富山でインタビューに答えて、「一歩一歩階段を上がってきて、やっとたどり着いた。諦めなくてよかった。」そして、色紙に「1人でも1人じゃない。」と揮毫した。

また、選手のほとんどに共通した発言は①家族に感謝。②選手に感謝。③コーチ、監督に感謝。会社に感謝。④今日まで支えてくれた関係者と声援を送ってくださった国民の皆さんに感謝。など感謝、感謝の連続でした。

今回の平昌オリンピックが多くの国民に感動と勇気、元気を与えてくれたのはそれぞれの競技内容の素晴らしさや、女子スピードスケート500m競技で一位の小平奈緒選手と2位の韓国、李相花{イサンフアン}選手とが涙を流し健闘を讃え、抱き合うなど数々の感動のシーンがありました。

しかし、それ以上に感動したのは、選手達の口から発せられる他者への思いやりの心と感謝の気持ちの大切さを改めて教えてくれたことに国民が感動したのだと私は思います。

広野あさみ選手は帰国後、予選は通過出来なかったけど人生で貴重な経験だったし、手袋に「1人じゃない。」と書き込み滑ったことを話し、滑っている時は1人でも、決して1人じゃない。多くの人に支えられ、声援を頂いているからここで滑ることができた。だから決っして自分は1人じゃない。改めて思った。と述べておられます。

私は、これらを紹介し生徒諸君が明日から社会人としてスタートする人、また、進学する人、それぞれ歩む道は違えども、決して1人じゃない。家族、友人達、恩師など、多くの人が君たちの周りにいて声援を送っている。その中に母校があり同窓会があることを同窓会長として話をし、洋々たる前途に幸多きことを祈念し、話を終えました。

参考まで本校出身者でオリンピック出場は1969年{昭和44年}のメキシコオリンピックでのレスリングの堀内岩雄氏以来49年ぶりです。

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滑川室内温水プール

裏庭に 膨らむ 今日の芽吹きかな

北陸地方を襲った寒波も峠を越し、我が家の裏庭の残雪の割れ目から、蕗の薹の蕾が顔を見せるなど、春の訪れを感じさせる季節となりました。 先日、ある市民の方と滑川温水プールについて話をする機会がありました。 その方、言わく、利用料金が安くならないか?であります。私は、はっきり言って反対しました。

現在の温水プールの利用料金は、 大人420円 高校生250円 4歳以上の子供120円

ちなみに他の施設はというと 市民交流プラザあいらぶ湯 大人620円 小人310円 タラソピア 大人850円 小中学生は毎月第四土、日のみ利用可で、小学生400円 中学生600円

各施設には、それぞれに回数券や高齢者の割引制度など独自の企画があります。さて、料金が安いか、高いかは、そもそも施設の目的も利用者の利用満足度も違う訳ですから、一概に金額だけでは論じられないと思います。 ただ、自らの健康は、自らが守る。当然のことと思います。病院は病気になって始めて行きます。しかし、人は健康を長く維持するために、医薬品や健康食品、或いは、トレーニングジムを利用したり、食生活で改善を図ったりします。様々な対応がありますが、やはり、それ相応の対価が必要です。 そこで、本市に現在の室内温水プールが建設された経緯について多少記しておきます。

平成4年頃から市内の水泳関係者を含め、2万人をこえる署名を添えて市、当局、市議会に「市営温水プールの建設」の陳情が行われた。昭和60年に滑川市総合体育館、平成3年武道館が建設されました。他市にあって本市に無いのは温水プール。そんな思いが陳情活動に繋がったと思われます。当時はバブル経済の真っ只中、全国各地の自治体が地域活性化の名のもと、競うようにハードな施設の建設ラッシュです。竹下首相のふるさと創生として、全国3300余の自治体にそれぞれ1億円を配ったのもこの時代です。国も地方も多少財政に余裕がありました。現在と比較すると実に羨ましい限りです。
しかし、本市は滑川中学校と早月中学校の2校の新築を計画しており、建設費は一過性であるが、問題は年間の維持管理費です。当時の試算では3500万円から4500万円程とされました。果たして本市の財政で毎年これだけの支出に耐ええるか?これが議論になりました。そんな時、全国各地で温水プールの運営に携わっているのが、公益財団法人・体力つくり指導協会{事業本部・東京都江東区大島1丁目2-1}でありました。

当時の理事長は日本レスリング協会の笹原正三氏であり、その人脈の中に現在滑川市名誉市民の福田富昭氏がおられ、そんな縁でこの協会に運営を委ねる話が持ち上がりました。 その結果、市内に温水プールがないことも考慮し、準市民プール的な存在とし、幅広く市民に利用できるように要望を付け、土地は無償貸与とし、建物は体力つくり指導協会が建設し、市は、その建設費の48%の補助と、運営管理補助金を出すこととした。

当時の資料を見ると
・竣工式、施設オープン平成6年7月6日
・建設費 総費用444,960千円 ・市の補助 213,580千円(約48%)
・市の運営管理補助金  年間13,440千円 ・利用料金 大人300円
・プール 25m×7コース、水深1,2m 室内温水プール
・子供から大人までの水泳教室も開催する

厚生連滑川病院も準市民病院的な施設として、市より補助金が出ています。温水プールのような建設、運営方法は近年では氷見市民病院があります。病院の建設費は氷見市が負担し、管理運営は金沢医科大学がおこない、温水プール同様に市が補助金を出すものです。 この様な経緯を考える時と、もし利用料金を下げると片方運営管理補助金の引き上げが求められる可能性も出てきます。それでなくとも平成6年から今日まで25年余この間補助金は全く同額です。
しかも、燃料の灯油が平成6年は1㍑約50円が平成29年には1㍑約90円と上昇しています。消費税も当時の3%から現在では8%になり、当然のことながら賃金も、また、各種の維持費も25年間の間でそれなりに上がっていると思います。
しかし、利用料金の300円が20年間続き現在の420円になったのは平成26年です。
別に、私は、協会の肩を持つわけではありませんが、これだけ長期間運営管理補助金や利用料金が据え置かれて来たのが不思議なくらいです。仮に、補助金が上がるとすれば、その差額分は当然のこと市民の税金が投入されるわけです。

いずれにしても、市直営のプールであったら運営管理費は協会への補助金の数倍になることを思うと、全体的に見て利用料金の420円は止むを得ないと思います。 反面、体力つくり指導協会の経営努力は相当なものと思います。
その為にも1人でも多くの市民がプールを利用することです。そして、市民の健康づくりに貢献する施設として、愛され、親しまれる温水プールとなるため、行政、市民、協会が連携してゆくことが大事であると思います。

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手嶋龍一氏講演会

1月29日{月}滑川商工会議所新春講演会が同所で開催されました。
講師は、外交ジャーナリスト・作家手嶋龍一氏で、演題は「激動の2018年を読み解く」~緊迫する東アジア情勢と日米同盟~でした。
最初に氏の奥さんが、富山市呉羽出身であることやその、親戚が高橋正樹高岡市長であることなどを紹介し、富山県とは縁があり、講演依頼があると断れないなどユーモアを交え本題に入りました。

まず、朝鮮半島情勢における、日・米・韓と北朝鮮の動き。一触即発の米国と北朝鮮の中で、かってキューバ危機と言われたケネディ大統領とフルフチョフ・ソ連首相との心理的駆け引きの中で、ケネディ大統領の海上封鎖の決断。

2001,9,11テロからサダムフセイン大統領捕捉までの経緯やその後のテロリストの拡散とI,Sの現状。

また、最近のトランプ大統領の突然のTPPやパリ協定への復帰を示唆する突然の発言の真意。台湾海峡での不測の事態の回避など、氏のNHKワシントン支局在職や、長い米国滞在そして外交ジャーナリストとしての豊富な知識と情報などを織り交ぜての内容の濃い講演会でした。

時間の関係で質問が出来なかったのは残念でした。
講演を聞いて、私が質問したかったのは、米・中関係です。

私見ですが、習近平主席は昨年秋の人民代表者大会で5年後の任期以降も視野に入れた党人事を含め、毛沢東と並ぶ、いや、それ以上の地位と権力を手に入れたといわれています。
そして、彼の野望は彼の任期中に台湾を本土に帰属させる、もしくは、そのメドをつけることにあるのではないだろうか。これが実現すると毛沢東をこえて中国の歴史に名を残すことになるだろう。

そんな中、昨年11月トランプ大統領が訪中した。北京の故宮博物院では貸切で見学するなど予想外の大歓迎を受けました。そして、首脳会談も行われましたが、私が不思議に思うのは、従来、米国は必ずと言っても良いくらい
①人権問題を取り上げている。しかし、今回、その点には触れられた形跡はない。
②南シナ海での中国の覇権についても、ほとんど言及がない。米国と中国とは水面下で何らかの密約があったのではないか?

 例えば、中国は米国に対し、①と②加えて台湾問題は内政問題だからこれには触れるな。その代り、28兆円の経済援助や国連安保理に於ける北朝鮮への経済制裁決議には協力する。
こんな疑問を私は感じます。トランプ大統領は米国ファースト。米・中の貿易不均衡の是正に28兆円の手土産を訪中の成果として高らかに謳っています。この点を含め、何点か質問したかったのですが残念でした。

 いずれにしても有意義な講演会でした。

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抱山社新年のつどい

1月8日12時より書道の抱山社富山支部{阿波加蒼岳支部長}の「新年のつどい」が魚津市のホテルグランミラージュで会員ら120名の多数の出席のもと、盛会裏に開催されました。
経澤青汀氏の司会で始まり、阿波加支部長が開会の言葉を述べる中、昨年12月まで2か年県書道連盟委員長の要職務め、無事退任できたのも皆様のご協力の賜物と感謝の言葉もありました。
尚、新委員長に就任されたのは、富山市在住、河合蘆洲氏であり、二代続いて滑川高校卒業生であることは私や同窓生にとっては嬉しい限りです。
次いで、抱山社の大平匡昭会長が年頭の言葉を述べ、「意気盛んに、色々なことにチャレンジし、自分の書を作るよう頑張って下さい」とご挨拶がありました。

このあと、昨年の創玄展や日展、毎日書道展、県展などの入賞者の紹介がありました。引き続き、来賓祝辞、乾杯のあと懇親会に移りました。
カラオケあり、各社中のかくし芸あり、大平会長の今年の干支「戌」の色紙のじゃんけん大会があるなど、終始和やかな雰囲気で進められました。最後に大平会長のお父さんである、故、大平山涛先生{朝日町、名誉町民、文化功労者}が好まれた「星影のワルツ」を全員で合唱し、閉会の言葉をもってお開きとなりました。

私は、幼稚園~小学生時代の数年間、大平山涛先生に教えていただいたご縁もあって、そんな立場でも器でもありませんが、現在、抱山社富山支部の顧問を務めています。
また、河合蘆洲氏には、平成25年10月、滑川高校創立100周年記念事業の一環として、校舎正面玄関左手にある校歌を記した記念碑に、揮毫していただいたのが河合蘆洲氏です。

 筆一本 変幻自在に運びつつ 墨痕鮮やか 幽玄の世界

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薬神神社歳旦祭

1月8日恒例の薬神神社歳旦祭が旦尾宮司のもと、配置薬業従事者、配置薬メーカー、行政などの関係者が集まり執り行われました。
当日は、多少肌寒いお天気でしたがむしろ凛とした雰囲気で、今年1年の商売繫盛、家内安全を祈願するには相応しいと私は思いました。
その後、社務所に移動して業界の情報交換や、それぞれの抱負や近況を語り散会しました。
ここで、薬神神社の縁起由来について記しておきます。

薬神神社{元、静岩社の再興社}
鎮座地  滑川市加島町2050{加積雪島神社境内}
祭 神  神農 大己貴命 少彦名命
宮 司  旦尾嘉孝 櫟原神社宮司兼務社
境内地  加積雪島神社境内地内に鎮座す。{前巾₃3,5間、奥行10間、35坪、玉垣で囲む

由緒沿革
本社は明治13年6月創建静岩社{明治12年11月滑川町売薬業者の勧請}は櫟原神社の末社として社殿の建立経緯は不詳で暫く旦尾神主邸内に鎮座され、明治40年10月保寿堂庭内に社殿建立し祭神の鎮座を上申したが、許可がなかったので御影の鎮座を仰ぎ薬師社として奉斎崇敬していた。
昭和30年10月全市の売薬業者及び市内製薬会社の奉賛金募財により昭和32年加積雪島神社境内地に社殿建立し、祭神大己貴命、少彦名命神農神を合祀し薬神神社とて業界信徒奉斎しているも、叙述の因縁あり一社創建でなく静岩社の再興社殿である。

社 殿  神殿 4尺×4尺×3尺{神明作り高棟小洞社殿}昭和31年10月8日建立
     コンクリート高造り基礎盤 
境内構築物 社標「薬神神社」揮毫 文学博士 山田孝雄
      寄進 昭和31年10月8日 願主 崇敬者一同
鳥 居 小型 寄進 昭和31年10月8日 願主 斎藤清兵衛 同ソノ
洗 心 寄進 昭和31年10月8日 願主 水橋吉助 外16名
神 灯 {木製高柱造り} 昭和31年10月8日建立 願主 崇敬者一同
薬神神社 奉賛会会長 水口誠一
{滑川市神社誌 滑川市神社氏子総代会編 昭和63年10月15日発行より抜粋}

追 記
山田孝雄{よしお}富山市出身 {1873~1958 85歳没}
国文学者 歴史学者 独学の人 東北帝国大学教授 昭和32年富山県出身者として初の文化勲章を受章、同年富山市名誉市民。
この山田氏に社標の「薬神神社」の揮毫を依頼したのは広貫堂の関係者で幅広い人脈を持っておられた蜷川政義さんといわれています。
また、社殿を風雪から守る為に覆いを建設したのが昭和63年、石灯篭2基を新調し玉垣等の修理をしたのは平成10年5月8日、次いで平成25年1月8日「先人の像」が建立されました。
まさに、滑川地区配置家庭薬協同組合の方々や多くの先人達の並々ならぬご尽力のお陰であることを忘れてはならないと思います。

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