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「琉球」

6月1日{水}東京国立博物館平成館で、沖縄復帰50年記念特別展として開催されている「琉球」{5月3日ー6月26日}を鑑賞した。
入館料2100円。正直、高い方である。一瞬えぇと思ったが、最近物価は上がっているし、首里城再建の寄付金と勝手に納得し入館した。

沖縄県は、かって琉球王国という独立国でした。15世紀初頭から約450年以上にわたり海洋国家として独自の文化を繁栄させた。
王都である首里には首里城がそびえ、城内には各国からもたらされた絵画や陶磁器、国内で作られた漆芸品、染織品などで溢れていたという。
しかし、第2次世界大戦のさなか、沖縄は国内では唯一の激しい地上戦が展開され、その結果、首里城を始め、建造物や芸術品など多くが失われた。

そこで、沖縄県では、平成27年度より琉球王国文化遺産集積・再興事業として失われた文化遺産の復元等に取り組みました。
ただ残念ながら令和元年{2019}10月31日未明大規模な火災によって「正殿」など重要な建造物が全焼した。
中でも約450年にわたり、政治、外交、文化の中心的存在であり、さらに王国の祭り、儀式や祈りを行う聖地でもあった首里城は県民の心の拠り所であったことから、政府も令和2年{2020}3月27日関係閣僚会議において「首里城正殿等復元に向けた工程表」が決定され、本殿は令和8年{2026}を復元完成を目途に新しい歩みを始めた。

処で、琉球王国は明治政府によって、明治5年琉球藩を創設。明治12年{1879}4月4日、琉球処分の名の下に沖縄県とした。私は、処分という言い方が理解出来ない。琉球が日本に対し、何か悪いことでもしたのだろうか。
確かに琉球王国時代、清国と薩摩や徳川幕府と二股外交を行っていた。しかし、それは理由にならない。

かって、私は歴史教科書で神功皇后時代、新羅を含め南朝鮮半島一帯を「三韓征伐」と称して攻め入った。或は、豊臣秀吉の時代、朝鮮征伐と称して「文禄の役」、「慶長の役」を起こす。また、明治6年{1873}西郷隆盛の征韓論が台頭する。いづれも相手国は日本に対し侵略でもしただろうか。日本に攻めてきたのは蒙古来襲ぐらいである。明治政府の富国強兵政策に依って教科書も政府に都合のいいように作られた一例であろう。

そう考えると、沖縄県民の米軍基地反対運動の根底にあるのは、或は、琉球処分まで遡るのかも知れない。昭和47年{1972}5月15日沖縄は本土に復帰し50年が経過した。
しかし、未だに本土とは県民所得では格差があると言う。これらを含め一日も早く本土と同等になる事を願うものである。

さて、展示品であるが余りにも多くあり、書きようがないが首里城正殿に掛けられていたという鐘で、琉球の象徴ともいえる宝であり重要文化財指定で天順2年{1458}藤原善作の「万国津梁{ばんこくしんりょう}の鐘」や王権のシンボル、国王の冠{国宝}など見どころ満載であり、「百聞は一見に如かず」である。特に私の興味を引いたのは、沖縄県うるま市勝連城址から出土した「ローマ帝国貨幣」や「オスマン帝国」貨幣である。
琉球王国はアジア各地はもとより、いかに幅広く交易があったかが分かる。何度も沖縄へは行ったが、やはり日本とは芸術、文化、建造物どれを見ても違う異国情緒溢れた所である。

当日は、公益財団法人・日本弓道連盟理事会が久し振りに対面会議として開催され、上京した折、鑑賞したものです。

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