なかや一博 ブログ

月別アーカイブ: 2024年10月

琵琶追悼演奏会

肩にきて 人にやさしき 赤とんぼ  漱石

錦心流琵琶第59回富山支部{支部長・嶺瑛水 後援会長・中屋一博}の秋季演奏会を前支部長・杉本紫水{操}追悼演奏会を兼ね、10月14日午後1時から富山駅前マリエ7階県民小劇場オルビスで開催されました。

当日は杉本さんにご縁のある東京より全国一水会本部名誉顧問・森中志水先生を始めとして、金沢・福井両支部からも友情出演がありました。杉本さんは昨年11月28日突然不帰の人となられました。享年81歳でした。

私が最後に杉本さんの演奏をお聞きしたのが、昨年10月22日高岡市能楽堂で開催された秋季演奏会が最後でした。その時、現役最高年齢奏者で90歳の吉崎楓風さんと「富士山」を合奏され、薩摩琵琶特有の大きな撥を華麗に捌き、力強い音色と語り口が遺憾なく発揮され会場を埋めた多くの聴衆を魅了された姿が忘れられません。その後、11月に入り高岡の演奏会の写真を届けていただいた時、お話したのが最後の別れとなりました。

そんなことで,去る5月5日滑川で開催された春季演奏会も杉本さんの出身地でもあり、一応追悼演奏会としましたが、今回は杉本さんとご縁のある本部から森中先生、また、金沢・福井両支部からの友情出演もあり正式な形で追悼演奏会となりました。

当日は1時開演でしたが、10分前に杉本さんが平成29年「じょうはな座」で「井伊直弼」を演奏されたビデオが上映され、在りし日の杉本さんを偲びました。今回12名の方が演奏されましたが、ほとんどが以前杉本さんが演奏された曲目であり、ここでも杉本さんに寄せる思いの表れであったと思います。

また、杉本さんが演奏された「井伊直弼」も会員が演奏したり、春季演奏会でも演奏された、大内隆作詞「晩歌」に、高堂隴水さんが、在原業平の辞世の歌「ついに逝く 道とはかねて聞きしかど 昨日今日とは 思わざりけり」や漢詩・安藤漢城作「追悼の詞」を挿入し、演奏途中「杉本先生 杉本先生」と叫び朗々と奏でられたのには、胸を打たれました。特別出演の森中志水先生は、杉本さんにとっては何かと相談できる頼りがいのある人で、大変親しく接しておられました。森中先生の名は志水。杉本さんは紫水。両者とも「しすい」これも何かの縁かと思います。

それにしても、琵琶を始めて30年、これからまだまだ期待されていただけに、やはり残念であり、世の無常を感ぜずにはおれません。また、昨年90歳で出演された吉崎楓風さんは、今年は91歳で出演され、杉本さんの娘さんである有澤結水さんと「月下の陣」を合奏されました。91歳でも琵琶にかける情熱には驚きますし、私自身に元気,勇気を頂くような気がしました。

「人間は、夢を持ち前へ歩き続ける限り 余生は要らない」伊能忠敬の言葉を思い出します。いづれにしてもこの雰囲気は、杉本さんに届いたような気がしました。演奏会終了後懇親会を開催し、再び杉本さんの思い出に暫し浸りました。

写真は、挨拶する私。在りし日の杉本さん。嶺支部長挨拶。最高齢の吉崎さんと有沢さんの合奏。

DSCF7344

DSCF5042

DSCF7341

DSCF7337

DSCF7353



滑川温水プール開設30周年記念

10月14日滑川温水プール開設30周年記念式典がサンアビリティーズ滑川で、関係者多数出席のもと開催されました。
式典は佐藤裕彦理事長の挨拶に次いで、水野市長、尾崎市議会議長の祝辞、私を含めた来賓紹介、続いてプール開設以来30年の永年会員個人と法人及び高齢者の約30名が表彰の栄に浴されました。
短時間ではありましたが厳粛な式典でした。

意外だったのは30年の長きにわたりプールに通い続ける方が30名近くもおられることに正直言って少々驚きました。一口に30年と言っても中々出来ることではありません。
いずれにしてもこの施設が、滑川市並びに周辺地域の人たちの健康増進、体力増強等に大きな役割を果たしていることを改めて再認識をしました。

そこで、本市に現在の室内温水プールが建設された経緯について多少記しておきます。
平成4年頃から市内の水泳関係者を含め、2万人を超える署名を添えて、市当局、市議会に「市営温水プール建設」の陳情が出されました。昭和60年に滑川市総合体育館、平成3年武道館が建設されました。

他市にあって本市に無いのは温水プール。そんな思いが陳情活動に繋がったと思われます。当時はバブル経済の真っ只中、全国各地の自治体が地域活性化の名の下、競うようにハードな施設の建設ラッシュでした。竹下首相の「ふるさと創生」として、全国3300余の自治体に1億円を配ったのもこの時代です。国も地方も多少財政に余裕があった時です。
現在と比較すると実に羨ましい限りです。

しかし、当時の本市は滑川中学校と早月中学校の2校の新築を計画しており、プールの建設費は一時的であるが、問題は年間の維持管理費です。当時の試算では3500万円から4500万円程とされました。2校の中学校新築の大型事業を抱えている中で、果たして本市の財政状況で、毎年これだけの支出に耐ええるのか。これが議論になりました。

そんな時、全国各地で温水プールの運営に携わっていたのが、公益財団法人・体力づくり指導協会{事業本部・東京都江東区大島1丁目2-1}でありました。当時の理事長は日本レスリング協会の笹原正三氏であり、その人脈の中に現在滑川市名誉市民の福田富昭氏、加えてこの様な施設の整備に補助金を出していた宝くじ協会に本市に縁のある方もおられ、この協会に運営を委ねる話が持ち上がりました。

その結果、市内に温水プールがないことも考慮し、準市民プール的な存在とし、幅広く市民に利用できるように要望を付け、土地は無償貸与、建物は体力づくり協会と宝くじ協会の補助金等と市費で建設することとなった。

当時の資料を見ると、
竣工式・施設オープン 平成6年7月6日
建設費総費用 4億4496万円
市の補助 約48% 2億1358万円
市の運営管理補助金 年間1344万円
利用料金 大人 300円
プール 25m×7コース 水深1,2m 室内温水プール。

子供から大人までの水泳教室も開催する。
そして建物は集成材を使用した木造建築物として注目を集めてオープンしました。

また、厚生連滑川病院も準市民病院的な総合病院として、市より補助金がでています。近年では、氷見市民病院が建物の建設費は氷見市が負担し、管理運営は金沢医科大学が行い、温水プール同様補助金を出すものです。
いわゆる官民連携による、公設民営化です。

これによって市営でやるよりも、建設費も年間の維持管理費もかなり軽減されます。そして30年後の今日を見ますと、利用料金・大人300円が450円と値上がりしていますが、年間の管理運営費は1374万円余りと殆ど変化はありません。燃料の灯油は平成6年は1㍑50円は現在では倍以上の価格です。消費税も当時の3%から現在では10%。当然のことながら賃金も、各種の維持費も30年間ではそれなりに値上がりしています。こう考えると利用料金の値上げは止むを得ないと思います。

ただ、施設の大規模修繕や改修などは、過去何度かあり、市はその都度応分の負担はしていますが、これだけ長期間運営管理補助金が据え置かれてきたのは不思議な感じがします。もし、市営プールであったら恐らく相当な金額になっていると思います。各種の水泳教室などの企画を通し、地域の人たちの健康増進、体力増強に果たしている貢献は極めて大きいものがあると思います。

また、競技力の向上も目覚ましいものがあり、昨年当プールを利用している早月中学校男子2年生が全国ジュニア・オリンピック・カップで数種目で金メダルを獲得。同選手は12月オーストラリアのクインーズランドで開催されたジュニア・オリンピック11歳-12歳区分で数種目で大会新で優勝するなど、個人の部で7個、団体で2個、計9個の金メダルを獲得するなどの快挙を挙げ、これに続けと魚津西部中学校1年生の生徒もジュニアオリンピックカップで好成績を挙げ「滑川温水プール」の名を一躍有名にしました。
これらのことを総合的に考えると「体力つくり指導協会」の経営努力には敬意を表したいと思います。

今後とも1人でも多くの人が「滑川室内温水プール」を利用することです。そして地域住民の健康づくりに貢献する施設として、愛され、親しまれる温水プールとなるため、行政・地域住民・協会が連携してゆくことが大事であると思います。

写真は、挨拶する佐藤理事長。温水プール外観と内部。

DSCF7329

DSCF7333

DSCF7335



「あれから60年」

おさむ節 唄いつづけて60年 還暦迎え 衰え知らず

竹氏修「NHK民謡日本一 あれから60年」と題し 10月6日{日}午前11時より新川文化ホールで盛大に開催されました。
私の知人である竹氏さんが、昭和40年{1965}3月21日東京日比谷公会堂で開催された第18回NHKのど自慢全国コンクール「民謡の部」で越中おわら節を唄い、民謡日本一輝かれました。

その後、昭和42年{1967}魚津郭声{かくせい}会を結成し、日本民謡協会に加盟されました。又、昭和61年{1986}刑務所入所者への民謡指導等により、法務大臣表彰、平成3年{1991}社会福祉活動により富山県功労賞受章、同年協会より民謡技能賞を受章されるなど、民謡・民舞の保存、育成及び普及や地域社会の文化向上に寄与されました。

その後、平成24年{2012}10月30日に、「越中おわら節」の真髄を探求し続けたその歌唱力と鍛錬された伸びやかな高音の美声が民謡会の至宝と認められ、この至芸に対し財団法人日本民謡協会より数少ない民謡名人位の称号が贈られました。

これに感激された竹氏さんは、平成25年{2013}9月22日、清水寺の国宝本堂「ヒノキ舞台」で日頃より懇意にしておられる森清範貫主臨席のもと「越中おわら節」を中心に富山県の民謡を数曲感謝奉納されました。
私も森貫主の隣で鑑賞しましたがその迫力に圧倒されたことを思い出します。

それにしても当日は、郭声会のメンバー、踊り、尺八、三味線、胡弓、太鼓、鐘などの人に加え、応援団を含め総勢100名を超える正に竹氏軍団には驚きました。私は「滑川音羽の会」として竹氏さんとは別行動で、20名で清水寺で合流、鑑賞後別れました。

さて、10月6日は
①オープニングは、竹氏修の唄3曲。利田荷方節。越中おわら節。布施谷節。
②魚津郭声会の唄声。会員10人、其々1曲。
③賛助出演 魚津せりこみ蝶六保存会の唄と踊り。
④賛助出演 藤間松山・踊り。長唄・新曲「鶴の寿」
⑤特別出演 民謡歌手・内山久子の唄。南部よしゃれ。鬼怒の船頭唄。秋田米とぎ唄。
⑥賛助出演 祐和会 唄・谷口寛美。津軽よされ節。
⑦賛助出演 華の会 唄・正調・高岡なき荷方節{CD}踊り・筏井豊華翔他。
⑧賛助出演 北陸秀城会・こきりこ節。踊り、唄い手、囃子、三味線、胡弓、太鼓
⑨賛助出演 魚津蜃気楼節保存会。踊り、魚津蜃気楼節、魚津小唄。
⑩賛助出演 藤間松山・踊り。長唄「老松」
⑪特別出演 民謡歌手・内山久子の唄声。本荘追分。長崎さわぎ。磯はら節。
⑫竹内修がふたたび唄う  唄・新相馬節。踊り・しばんば。唄・お立酒。
⑬みんなで唄おう、踊ろう、越中おはら節。竹氏修ほか出演者の皆さん。

午前11時から午後3時頃まで多彩な内容で飽きない4時間余りでした。
それにしても米寿にしても衰えぬ声量、民謡に寄せる情熱には感服します。

米国の詩人,サミュエル・ウルマンは詩、「青春」で、
「若さとは、人生のある期間を云うのではなく、心の一つの持ち方を云うのだ{中略}年齢を重ねただけでは人は老いない。70歳であろうと、16歳であろうと理想を失った時、初めて老いが訪れる。歳月は皮膚にしわを刻むだけだが、情熱を失う時、精神がしぼんでゆく。」
{以下略}

竹氏さんを見ていると青春の詩とダブって見える。
我もまた、かくありたいものである。

写真は、プログラムと「越中おわら節」を唄う竹氏さん。       

DSCF7325

DSCF7320