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未来に伝えたい「薬都とやまの歌」

かねてより進めていた一枚のCDが完成した。題名は表記の通り。
これは、8月1日が語呂合わせで8と1で「はいちの日」と認定されたことで、この機会に置き薬をPRするものがないだろうか、と思った時、以前配置薬業に関するレコードがあることを思い出した。
しかし、50年も前のことである。野山のリスが落ち葉の中から木の実を探し出す様なもので苦労した。県立、市立図書館、博物館、資料館訪ね歩く内に、意外にも5曲あることが判明した。

▼戦前3曲
①越中富山の薬屋さん{昭和8年}
②廣貫堂音頭{昭和11年}
③富山売薬歌{昭和12年}
▼戦後2曲
④富山家庭薬の歌{昭和28年}
⑤愛のともしび{昭和43年}
以上5曲

①は作詞・松原興史郎、作曲・高階哲夫である。
松原は富山市出身、民謡詩人として多くの詩集を出している。
高階は滑川出身の音楽家。ご存知の札幌の時計台を歌った「時計台の鐘」を作詞・作曲した。
また、島崎藤村、北原白秋、佐藤惣之助、サトウ・ハチロウ等々と組み数々の名曲を残した。唯、誰がどんな目的で制作したかと音源は不明。楽譜,歌詞あり。

②作詞・西條八十・作曲・中山晋平、唄・三島一声。
西条・中山は説明するまでもないと思う。
昭和41年発刊「広貫堂のあゆみ」によれば、「当時、西條八十は読売新聞に連載物語を出筆中であり、9月15日読売の飛行機で富山歩兵第35連隊の練兵場に飛来した。当時の矢野兼三富山県知事は両氏の招待宴を開くなどした。」と記している。
また、作詞・作曲者は違うが、この当時,社歌を作ったり、廣貫堂音楽隊もあったというから、まさに、「薬都とやま」の「雄」たる自負、誇り、勢いを感じさせる。廣貫堂資料館にSP盤よりCD化され保管されている。

③作詞・相馬御風、作曲・福井直秋、唄・新城一郎
相馬御風は糸魚川市出身。早稲田大学校歌「都の西北」「カチーシヤの唄」{島村抱月共作}や三木露風、野口雨情、等とも親交を持った詩人・歌人・文芸評論家。福井直秋は中新川郡上市町出身の音楽家。
武蔵野音楽大学の創始者であり初代校長である。千曲以上の音楽作品を残している。
発注は、富山県売薬同業組合{荒木甚助組合長}楽譜・歌詞あり。音源不明

④作詞・多木良作、、作曲・黒坂富治
昭和28年3月富山市が富山の薬に関して歌詞を公募した。1等1篇金5千円、佳作2篇金1千円の賞金付である。
その結果埼玉県浦和市の多木氏の作品が選ばれた。氏の略歴は不詳。黒坂は下新川郡朝日町出身。富山師範卒業。富山大学教授。県内の小中学校校歌70曲以上作曲。富山県の教育界に多大の貢献をした。
発注は富山市。楽譜、歌詞あり。音源は不明

⑤作詞・志賀大介、、作曲・森 真、歌・渚 幸子、発売は、東芝レコードであるが、資料によると依頼は廣貫堂の組織下にある東廣会{酒井清隆会長}とあり、それぞれの略歴は省略する。

さて、この中で①③④は音源は不明のため、古い楽譜と歌詞から復元した。この為、合唱グループ・コール・あい。ピアノ・小善由美子さん。三味線・濱谷拓也・藤本秀君保社中。
収録・サン・ビデオの皆さんには本当にありがとうございました。その後、射水市在住の加部聰氏より③のオリジナル・レコードを保有しているなど③に関する貴重な情報が寄せられ随分参考になりました。
これにより③は加部氏の原曲からと復元したものと2曲を入れて計6曲納めました。今回、公的機関などに埋もれていた5曲を見つけた時は、正直新鮮な驚きと感動を覚えました。特に、戦前の3曲は当代一流の詩人や音楽家によって作詞・作曲されていることです。これをこのまま埋もれさせてはならない。

「歴史とは、過去から現在まで貫いた時間の流れである。歴史と伝統は一体のように思うが、歴史は、時代時代に発生したあらゆる事象を正しく伝えるものとして必要であり、伝統は人間が生活の上で必要とされるものであり、いわゆる生活文化が時と共に次世代に受け継がれてゆくものである。」そう思った時、今や、富山県の医薬品総生産額は全国トップクラスになっているのも、原点はこのようなレコード制作にかけた先人たちの努力であり、汗であることを改めて思った。
尚、今回の調査で5曲が確認されたが、これ以外にもあるかも知れない。あれば教えて頂きたい。

今度は、令和の時代に相応しい配置業界の曲が出てくればと思います。

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